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「なんだ、あの光?」
意識を失ったシェラを両腕に抱き抱え、その手を彼女のピンクの血で染めながら、ルーダは、地上から空を貫いた光の筋を不審げに眺めやり、立ち止まった。
暗灰色の世界を、一瞬の光で白く変え、天へと昇る光の道。闇を切り裂くサーチライト。
あの道を辿って行けば、天上の都市を抜け、更にはるかな高みへと昇って行けるのだろうか。時空を超えた至高の天までも、あの光の道は続くのだろうか。
ルーダは、ふと、あの光を目指し、光の梯子で、いつも重くたれこめた暗灰色の雲を突き抜けて、光に満ちた天空へと昇って行きたいような想いに駆られた。衝動的に光を求めそうになった彼を引き止めたのは、その腕の中のシェラの重さ。淡い体温。
ルーダは空へと昇る光と、シェラの青ざめた美貌とを順に見比べ、自嘲気味に薄く笑った。
(馬鹿々々しい。光の道を辿れるほど、祝福されているわけもないのにな)
天の光の源よりも、地上の闇に生まれた光を求めたのだから。たとえばそれは、彼の腕の中にある、青ざめた女天使のような、闇に光る輝き。
ルーダは、血の気を失って陶器の仮面のように白いシェラの顔に視線を落とし、その顔に薄く微笑みかけて再び歩きはじめた。
彼女の背中の亀裂は塞がりかけて、今は淡いピンクの液体をたれ流すことをやめていたが、念の為、彼女がかなぐり捨てた真紅のマントをきつく巻き、背中の傷と豊満な乳房とを覆い隠していた。
大地に叩きつけられて少し傷ついたシェラの黒壇の弓は、ルーダの弓と重なり合って腰にさげられ、歩く振動でカチカチと小さな音をたてている。
歩きだしたルーダが次に目をやった時には、眩い光の道は、暗い空の灰色に消え、もうどこにも見えなくなっていた。
あれは一瞬の、幻ででもあったかのように。
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見つからない。
もう、誰かに狩られてしまったのだろうか。だが、そこらに転がっている卵人の死骸の中にも、探している卵人の姿はなかった。
フィムは疲れて、歩みをゆるめた。
「どこに隠れたんだろ、あいつ」
苛立ちのこもったため息をついてフィムが空を仰いだ時、すぐ近くで、光の柱が天へと走った。
「な、なに?」
眩い光に目を細めつつも、足は自然とその光の源へと急いでいた。
そこに探して求めるものがあると、まさか思っていたわけじゃない。だが、このまま無視していくことはできなかった。
剥がれた敷石に足をとられないように、フィムは駆けた。その背に翼はないが、地上を飛ぶように駆けた。
やがて、光は厚い雲の奥に消えたが、光が放たれた場所には、もうすぐ近くまできている。その先の角を曲がって、すぐ。
風上から、嗅ぎなれた甘ったるい血の匂いが漂ってきている。卵人の濃厚な血の匂いに混じって、天使の薄い血の匂いを嗅ぎとったのは気のせいだろうか。
角を曲がり、すばやく周囲に視線を巡らせる。
すぐに、見つけた。最初からわかっていたみたいに、目線がそこに吸い寄せられた。
もともと脆くなっていた地面が、クレーターのように丸く抉れている。その中心に、黒と赤の塊があった。フィムは、少し胸をときめかせながら、その塊に近づいていった。奇妙な予感がある。今まで見たことのない光景が、そこに待っているような、そんな予感だ。
「これ……」
確かにそれは、見たことのない光景だった。
片翼のない漆黒の翼を持つのは、白髪の天使。おそらく、真っ白だったその髪は、薄紅に染まっている。まるで狩人のように黒づくめの服を着ているが、仲間の誰でもない。たぶんそれは、天上の都市から下り立ったばかりの天使なのだろう。
(下りたんじゃなくて、墜ちたんだろうけど)
だが、なにより奇妙なのは、その白髪の天使が、大切そうに腕の中に卵人を抱えていることだった。お互いにしっかりと抱き合ったまま、崩れてとけて重なりあった、二つの異なる種族の青年と少女。髪の色が黒くないから、白っぽい獲物の衣を身につけているから、それは確かに卵人のはず。
フィムは、眉をひそめてその二つの死骸を見下ろし、フィムに背を向けている卵人の死体が、探していた卵人と同じ髪の色、同じような背格好をしていることに気がついた。
「まさか、ね」
呟いて、どうしても気になったフィムは、ちょっと腰をかがめてその卵人の潰れた顔を窺った。
真紅の炎のような血の色に、顔色まではわからない。大地に叩きつけられた衝撃で潰された顔は、生前のものとは明らかに違うだろう。だが、フィムはため息をついた。
「これ、あいつだ……」
あんなに一生懸命探しまわったのに、こんなところで勝手に墜ちて潰れて死んでいるなんて。
(あ~あ、がっかり)
これでは、シェラの悔しがる顔を見ることはできない。卵人の死体には、誰の印も刻まれているようには見えないし、狩人の仕業ではないのだろう。なにがあったのかよくわからないが、天から下りてきた天使が、なにを血迷ったのか天空に卵人を連れだし、
そして墜ちた。
(いい迷惑だよ、なに考えてるんだ)
フィムは死んだ天使に顔をしかめ、もう一度ため息をつくと、その場から立ち去ることにした。
いつまでもこんなところにいたって仕方がない。この卵人を仕留めて悔しがらせてやろうと思っていたが、それができないのなら、別の卵人を探せばいいだけだ。こんなにイキのいいのはいないかもしれないけれど、シェラの好きそうな若い卵人の女は、他にもまだいるかもしれない。
そしてフィムは、もう天使と卵人の死骸には目もくれず、再び獲物を求めて歩きだした。
狩りの時間は、まだたっぷりとあった。
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