卵人狩  
終章「天空の暗闇」
 
 
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4-3


「っ!」
 その時、一条の光の矢が、拡げられた右の翼のつけ根を貫いた。切り裂かれ、もぎとられた翼は、光の炎に灼かれ、燃えながら宙に舞い、黒い灰となって地上に降りそそぐ。
「なにを血迷ったのかしらないが。それとも、私の邪魔をする愚かさを悟ったか?」
 光の矢をつがえ、巨大な黒弓を手にした、狩人の長の姿が視界に飛び込んできた。
「そんな卵人など捨てれば良かったのにな、そうすれば、もう少しぐらいは生き延びれたかもしれない。だが。 もう遅い。さぁ、死ね。白頭のサフィリエル、そしてやがて訪れる未来の天使、『進化の卵』よ!」
 その手から再び、輝く光の矢が放たれる。
〈ルーァ!〉
 片翼を失い、バランスを崩して螺旋状に失墜しながらも、ルーァはそれを静かな覚悟と決意をこめて見据えた。少女を抱く腕に力がこもる。
 光。
 煌めく光が細かな粒子を散らしながら、ルーァの胸を、腕の中の少女ごと刺し貫いた。
 そしてサキはその瞬間、完全に肉体から解き放たれた。
〈ルーァ……〉
「……すまない、多良太。もう、どこへも連れて行けそうにない……」
〈また会おうよ、ルーァ。また会えるから〉
「そう、だ、な」
(それなら私は、きっとまた、お前を見つける。幾千幾万の卵の中からだって、きっとお前を見つけだす。そしてその時こそ……)
 金色の少年。
 金色に光を照り返すやわらかな髪と、首の後ろから背中へと伸びるたてがみ。
 星の青さ。すべてを撥ねつけ、すべてを受け入れ、変わることのない青さを宿した瞳。
 大気にとけていくように笑う。
(お前に、会えるだろうか)
 胸の真ん中を射抜かれ、片翼を失い、ルーァは墜ちていった。
 逃げだすための急降下なんかじゃなく、全ての力を失って。
 それでも、腕の中の少女を手放すことはない。肩の上の卵もまた、離れることはなかった。
 一緒に行こう。
 間違わないように。迷わないように。
 いつかまた出会うなら、今度は遅過ぎることのないように。
 一緒に行こう。
 そして風を切り裂き、地上へと墜ちていった。
 黒と白とが明滅し、小さな黒点となって灰色の大地へ。
 上空にとどまってそれを眺めていたアシェは、満足げな微笑みをうかべ、
「百万年後にまた会おう。今はまだ、もう少しこの世界を楽しみたいのでな」
 その手で狩った『進化』の破滅を確かめるために、巨大な弓を抱きしめ、その弓もろとも両の翼で自らを覆い、地上目指してまっしぐらに空を切った。
 ルーァと、意識を失ってもまだなお手放さずにいるサキの身体が、焼け焦げた廃墟のビル跡に激突するかと思われた瞬間、
 多良太が上級天使の光の矢よりも更に激しく、より純粋な輝きを放った。それは、薄暗い地上を照らす、久しく見ない太陽のようだった。
 その眩しさは漆黒の翼をも貫き、アシェは不審げにその翼をわずかにゆるめ、その隙間から地上を窺い見た。
 廃墟の街は、墜ちた太陽に照り輝き、円形に放射していた光の筋は、やがてひとつに集束すると、一条の光の帯となって、暗灰色の空へと昇る。
 光の中に、三つの人影が見えたような気がした。
 気がした瞬間、アシェは光に飲み込まれ、その眩しさに、彼の闇色の瞳が炎を吹きあげた。
「ぐっ!」
 鋭い痛みに両手で瞼を押さえ、その手の内から長の証である長弓が落ちていったことにも気がつかなかった。
 感覚だけで翼を動かし、ゆっくりと降下する間も、灼けるような瞳の痛みは治まらなかった。
 霞む目で黒い大地に目をやれば、嗅ぎなれた匂いを発する黒っぽい塊が見えた。
 白髪を薄紅に染め、その腕に少女を抱いたまま、本当にひとつになった天使と卵人の屍。天使の薄紅の血と卵人の真紅の血が混じりあい、とけあって流れていた。
 無残に潰れた卵の中にはなにもなく、全てがあの光と化して天へと昇っていったかのようだった。
「天上に昇ったのか? 進化は……止められないのか?」
 アシェは霞のかかった瞳で空を見上げた。
 暗灰色の雲の中に、最後の光が吸いこまれ、消えていった。



 

 

   
         
 
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