卵人狩  
終章「天空の暗闇」
 
 
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4-2


「多良太?」
 聞き違いだろうか。そうであってほしいと、ルーァは肩の上の卵に目を落とした。
「まさしくそうだな。心を読むのか、『進化の卵』。ならば、やはり……」
 ポウ、と明るく輝く輝点が、アシェが手の内に生まれ、それは光煌めく光の矢となった。
「光の矢。上級天使か」
「私は座天使アルシェレイム。この光の矢にかけて、私はこの手で未来を狩るのだ。お前は、私の邪魔をするのか?」
「それが、私から多良太とサキを奪うということなら。そうなるのかもしれない」
「そうか、なら、死ね」
 キリ、と弓を引き絞り、巨大な黒弓から光の矢が放たれた。
 ルーァは咄嗟に身を翻し、翼でその身をくるみこんで急降下する。
 寸前で光の矢の軌跡から逃れたルーァは、そのままの姿勢で、まっしぐらに地上へと墜ちていった。
 漆黒の翼で、自らとその腕の中の少女を抱き、ルーァはひどく静かな少女に、少しためらいがちに声をかけた。
 もしかしたらもう、彼女は永遠に瞳を閉じて、声を失ってしまったのかもしれない。
「サキ、大丈夫か?」
 サキは応えない。
〈ルーァ。時間が、ないよ〉
「サキ? 多良太?」
〈まだ、眠ってないよ。でも、もうすぐ〉
「そうか。なら、せめてどこか、落ち着ける場所に行こう」
 ヒュッ
 なにかが耳元を掠め行く。
 わかっている。あの光の矢だ。
 ルーァは顔を覆う翼をわずかにずらし、なおも降下しながら背後を振り返った。
 アシェは、一度矢を放った後、ルーァと同じようにその身を翼でくるみこみ、今度はその姿を矢に変えてルーァを追ってきている。その腕の中に何者もないアシェの方が、より鋭く空気を切り裂き、追いつかれるのも時間の問題かと思われた。
〈……ルーァ、間に合わないよ〉
 ドクン、と心臓が脈打ち、次の瞬間、急速に冷えていく。
(間に合わない?)
「サキ……?」
 手足が冷たい。おそるおそる腕の中の少女に問いかければ、瞼が弱々しくふるえ、ほんの一瞬、緑の光がもれいでたような気がしたが、もはや目を開けている気力もないようだった。
「……あ……ゲホッ…」
 言葉にならない言葉を吐いて、サキは咳込んだ。卵人の真紅の血が、ルーァの胸に広がる。漆黒の闇の中、その色は見えなかったけれど、それが嘆きの色に染まっていることはわかる。
「サキ、喋るな」
〈ぼくがサキ、サキの声になるよ。サキ、話をしようよ。いっぱい、いっぱい話をしよう。大丈夫、ぼくらはまた会えるよ。でもサキ、今話したいことがあるのなら、ぼくがサキの声になるから〉
(あたし、ねぇ多良太、ルーァ……それならあたし、また会えるなら、あたし今度はきっと天使になって、あたしの背中の翼で、多良太、多良太を乗せてどこまでも飛んでいく。ルーァはあたしの隣で、あたしはルーァの隣で、多良太を乗せてどこまでだって飛んでいくわ)
 正確に、サキの心の声を多良太が伝え、ルーァは力強く頷いた。
「飛ぼう、サキ。きっといつか、こんな汚れた空じゃなく、本当の青空の下を一緒に飛ぼう」
(飛ぶわ、ルーァ、多良太。約束、ね。だから、お願い。空を見せて。間違わないように、きっと飛べるように、空を見せて)
 身体をくるみこむ翼をゆるめ、ルーァはサキのために、閉ざされた翼を空へと拡げた。
 相手より不利な状況で、翼を拡げて加速を緩めるなんて自殺行為だ。そんなことはわかっていたが、サキの最期の願いを聞き届けずにはいられなかった。
「いいよ、サキ。見てごらん。そしてきっと、いつかここで会おう」
(ああ……風の音が、聞こえる。これが空なのね?)
 
 光。
 世界を照らし、影を消し、すべてを貫く光の輝き。
 光。


 

 

   
         
 
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