卵人狩  
3章「卵人達の朝闇」
 
 
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3-11


「あいつはなに!? あたしの獲物に手を触れるなんて!」
「いやぁ、俺、噴水に彫刻かなんかが置いてあんのかと思ったんだけどな。生きてたな。背中に羽があるってことは、下りてきたばっかなのかな、あいつ」
「そんなことはどうでもいいわ! あれはあたしの獲物よ、あたしが仕留めたのよ!」
 ルーァは顔をあげ、声の方へ目を遣った。
 漆黒のマントを翻し、黒い二人連れが歩いてくる。一人は背の高い黒髪の男の天使で、ただの散策を楽しんでいるかのような足取りだった。黒い弓をボウホルダーに収めたまま、その声には、笑いが含まれている。そしてもう一人は、つややかな黒髪を刃物のように切り揃え、ひどく官能的な肢体を、ごくわずかな布で覆い、エナメル質の黒のブーツと二の腕までの手袋を身につけた女天使だった。赤い唇で、怒りの言葉をまき散らしている。その手には、黒壇の弓。
 腰に弓をぶらさげたままの男ではなく、その女天使こそが矢を放った張本人だと、ルーァは理解した。おそらく、彼等こそが、卵人達を狩る、狩人と呼ばれる者達なのだろう。
「お前、あたしの獲物から離れなさい!」
 高圧的に言い放つ女天使を見つめながら、ルーァは、多良太の囁きに意識が遠のいていくような気がした。
〈熱いよ、ルーァ。熱いよ……死ぬの? ダメだよ、サキ、ダメだよ。イヤだよ……〉
「誰だか知らないけどな、離れた方が利口だぜ? 下りたばっかりでわかってないんだろうけど、そいつは、シェラの獲物だからな。命が惜しかったら、消えろって。今日ばっかりは、天使を狩るほどヒマじゃないけど、邪魔をすんなら……」
「あたしの邪魔をする気なの? あたしの獲物を横取りするなら、お前も殺してやるわ」
「ホラな。そこをどけって」
〈ルーァ、天使だよ。サキが言ってる。彼等は天使だよ。卵人を狩る天使だ。サキを狩りに来たんだ。サキは……サキは、狩人と呼ばれる天使達だけには殺されたくなかったって……泣いて、いるよ。叫んでるよ。ルーァ、サキの悲鳴で、ぼくが壊れそうだよ〉
 肩の上でひそやかに囁き続ける多良太の声と、目前の二人の天使から吐きだされる言葉の渦に、ルーァは眩暈を覚えた。
 シェラと呼ばれる女天使が、弓を構え、右の手の平から炎を生みだした。その炎を弓につがえて、矢に変えたシェラが、赤い唇で笑う。
「死にたいなら、死になさい。その卵人ごと刺し貫いてあげるわ」
〈ルーァ、壊れちゃうよ。ルーァ、こんなのダメだよ。サキが、サキが……〉
 多良太が囁く。
「酔狂なヤツだな。天使のくせに卵人と心中する気か?」
 ルーダが冗談まじりに問いかける。ルーァは口を閉ざしている。
「いいわ、それが望みなら」
 シェラが腕を引き、いっぱいに弓を反らせる。そして、その手を離した瞬間、
 ふわり、と天鵞絨のような夜の闇が辺りを染め、シェラの放った炎の矢は、闇に弾かれ砕け散った。
「なっ!」
 突然に落ちた夜の闇は、ルーァの拡げた漆黒の翼。
 二人の狩人が息を飲むその隙に、ルーァは両手でサキを抱きあげた。一度、二度、翼を拡げて、螺旋を描く自らの風に乗り、その身を一気に舞いあげる。
 巻きおこる風に圧され、狩人達は風に目を細めて立ち竦んだ。
 黒いマントが、音をたててはためいていた。

 漆黒の翼をはばたかせ、その腕の中に翠緑の瞳の少女を抱き、白髪の天使は空へ。
 垂直に高みへと昇るその姿は、黒い光となって天につき刺さり、シェラとルーダが、ようやく我に返った時には、遠く、はるかな影と化していた。
「あの羽……すごいな。あんな羽、上でもそうそういないだろ」
 掠れ声のルーダの呟きに、シェラは猛然とかぶりを振り、
「冗談じゃないわ! こんな屈辱、赦せない!」
 左手の黒壇の弓を、ひび割れた大地に叩きつけた。
「おい、シェラ。大事な弓が壊れちまうぞ」
「……逃がさない」
 ギリッ、と空を睨めあげ、シェラが呟く。ルーダは訝るように首を傾げた。
「シェラ? 逃がさないったって、飛んでっちまったんだぜ? 追いかけんのは、無理だろ」
「羽なら持ってるわ、あたしも! あいつも! 天使なら、持ってるわ!」
 サッと片手で空を薙ぎ、シェラは声高に言い募る。
「そうでしょう!? 天使なら誰だって、この背中に持ってるわ!」
「いや、持ってるって言っても、あってないようなもんだろ。よせよ、シェラ。仕留めたことには、違いないんだからさ。なぁシェラ、意地を張んなって」
「とどめを差してもいないのよ。あたしの印を額に刻んでもいない。まだだわ。このままじゃ仕留めたことにならない」
「あれ? じゃあ、賭は俺の勝ちってことか?」
 からかうような口調でシェラの顔を覗きこみ、殺意の宿る視線で睨まれたルーダは、両手を挙げて降参した。
「冗談だよ。俺が代わりに仕留めなきゃいけないんだろ? 相手はお空の彼方だからなぁ。ま、諦めろよ」
「諦める!? ……イヤよ」
 その口調に奇妙な違和感を覚え、ルーダはわずかに眉をひそめた。


 

 

   
         
 
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