卵人狩  
3章「卵人達の朝闇」
 
 
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 陽炎のような色香と殺気をまとって次々に獲物を狩るシェラの後を、ひどく楽しそうにルーダが追う。
 狩りの時には見慣れた光景だ。だが、いくら見慣れても、それが息苦しさを誘うのは変わらない。暗い嫉妬に焼かれるのも。
 だからフィムは、自らの暗い炎を、赤い炎の矢に変える。
 矢に変えて、黒い弓につがえ、射抜きたいのは、本当は醜い卵人達よりもあの女天使。ルーダの心を独り占めして、さっさとルーダの卵を孕むなら孕んでしまえばいいのに。そうしたら、他の女天使のように捨てられるだけなのに、いつまでも、いつまでも。
 窓ガラスが砕け散り、三分の一を巨大な顎門で上から齧りとられたかのような廃ビルの影で、フィムは右手の中で燃える、自分の炎を見つめた。
 間違えたふりをして、シェラの心臓を背中から射抜いてやろうか。
 狩りの度、その姿を狩場で見かける度、そんな衝動に駆られる。
 その衝動を押し止めているのは、いつかシェラがルーダに落ちて、捨てられる瞬間が見たいから。シェラも結局、他の天使達と変わらなかったことを、確かめたいから。それだけだった。
 もしも、シェラをこの手で殺せたら、どんな気持ちいいだろうとは思う。思うが、それで、ルーダの中で本当に『特別な』存在になってしまうのは嫌だ。それだけは我慢できない。
 だからこの炎の矢は、卵人の赤い印を打ち抜くしかない。
 と、フィムの耳に、鋭く息を吸い込む音が聞こえた。恐怖の滲む、押し殺した悲鳴。
 フィムは背後を振り返った。
 疲労と絶望と恐怖に引き攣れた卵人の顔が、スポットライトを当てられたように、薄闇の中にうかんで見えた。
 ビルの影から、角を曲がって逃げてきた卵人の女。まだ若い。かなり小柄だ。
 フィムの姿に立ち竦み、ようやく逃げようと踵を返した自分とあまり変わらない小さな背中に、フィムは暗い炎の矢を放った。
 朝の大気を切り裂き、女の左肩に炎の花が咲く。
「あっ!」
 後ろから押されたように少し前につんのめり、女は咄嗟に自分の肩を振り向いた。
 まだ燃える炎に頬を焼かれ、悲鳴をあげて狂ったようなダンスを踊るのを、フィムは面白くなさそうに見つめた。二本目の炎の矢が、すでにその手にある。
(どいつもこいつも似たような奴らばっかり。たまには、ちょっとくらい変わったことしてみせればいいのに)
 うんざりと、とどめの一撃を放ったフィムは、ふと、自ら捕まえた卵人の一人を思い出した。
(そういえば、あの生意気な卵人、もう誰かに狩られちゃったかな)
 この手で狩ってやると言ったものの、別に卵人との約束なんてわざわざ守るつもりもなかった。あの場では、ああ言ってやった方が、あの卵人の恐怖を煽るだろうと思ったまでだ。
 だが、若い卵人の女は、シェラの大好きな獲物だ。若くてイキがいいほど、シェラの好みのはず。
(あの女にだけは、狩られたくないな)
 大嫌いな相手に、わざわざ大好きな獲物を捧げるようなことになるのは腹立たしい。
(探しに行こ。今日は男ばっかりだって、さっき文句言ってたし。まだあの女には見つかってないはずだよね)
 フィムは、シェラよりも先に、シェラの大好きな獲物を仕留めて、それで少しシェラに復讐することにした。
 そうしたら、少しはこの息苦しさも楽になるかもしれない。
 フィムは、心臓を射抜かれて絶命した卵人の若い女の背中に、おざなりに炎で自分の印を刻むと、腰のボウホルダーに黒檀の弓を収めて走りだした。
 他の獲物はこの際どうでもいい。自分の好みとかはどうだっていい。シェラの悔しがる顔が見られるのなら、仕留めた数なんて関係ない。
 フィムは、擦りへって、剥がれて、ひどく歩きづらい道を、軽やかに駆け抜けていった。


 

 

   
         
 
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