卵人狩  
3章「卵人達の朝闇」
 
 
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 意味不明の喚き声をあげながら、一人の卵人の男が、廃墟の街を駆けて抜けていく。カッと見瞠かれた目は赤く血走り、恐怖にひきつった呂律の回らぬ舌で、悲鳴とも怒鳴り声ともつかぬ喚き声をあげ続けている。
 と、
 一条の赤い光が大気を切り裂き、男の背中の真ん中に、吸い込まれるようにして消えた。
 途端、赤い光は炎を吹き上げ、男の喉から、一際高い絶叫が迸った。
「うわあぁぁっ!」
 炎をまとった赤い矢が、男のやや左寄りの胸に描かれた赤い円の中心から、鋭い先端を覗かせている。  
 ガクン、とのけぞり、男は両膝をついて背中から崩れ倒れた。地面に落ちた勢いで、背中につき刺さった赤い矢が、更に深々と男の肉に沈み、男は声のない悲鳴をあげた。
「今度の卵人共は、雄ばっかりね」
 フッと息をつき、その女天使は掲げていた弓を下ろした。
 黒革のブーツの高い踵を鳴らし、漆黒のマントを翻して、官能的な肢体の女天使が、倒れこんだ卵人へと歩み寄っていく。その背後には、背の高い男の天使が、影のようにつき従っていた。
「女がお好みだからな、シェラは」
 からかうような言葉が聞こえているのかいないのか、シェラは完全に絶命した卵人の男の胸を無造作に踏みつけた。
 火花を散らして炎の矢が砕け散り、男はもうどんな悲鳴もあげなかった。煤けた布地と焼け焦げた肉の臭いが周囲に漂い、風に運ばれていく。
 甘い死の香りで肺を満たし、今度は男の額をブーツの踵で踏みつけて、シェラはため息をついた。
「……つまんないわね、雄の頭じゃね」
 おざなりな儀式の後、踏みつけられた卵人の額には、くっきりと赤く踵の跡が残っていた。誰が仕留めたかを示すために彫りこまれたシェラのヒールの刻印は、今日は既に五人の死体に刻まれていた。
「さ、次の獲物を探すわよ」
 なんの未練も残っていない声で、シェラは肩口で切り揃えた黒髪を片手で弾き、ルーダを振り返った。ルーダはやけにえらそうに腕を組み、にやけた笑いを張りつけて立っている。
「この調子じゃ、今回もシェラが一番多いぜ、きっと」
「そして今度もまた、あんたは狩人の名に泥を塗るんでしょ」
「シェラにだったら、塗られてもいいぜ? けど俺より、泥まみれのシェラは、きっとゾクゾクするほどイカしてるだろうな。うーん、見てみたい」
 目を細めて笑うルーダに、ジロリと冷ややかな一瞥をくれ、シェラは彼女の印を刻んだ男の死体を八つ当たり気味に蹴りつけた。
「下らないことばっかりほざくなら、あんたの心臓、抉りだすわよ」
 赤い唇が不快げに歪んでいる。たぶん、あと一言、からかいの言葉を発したら、シェラは本当にそうするだろう。ルーダは肩を竦めて降参した。
「冗談だよ、シェラ。けど、そうやってムキになるとこ、好きだなぁ」
「あたしはあんたのそういう冗談、大っ嫌いなのよ」
 吐き捨てるように言って、シェラはルーダに背を向けて歩きだした。ひどく楽しそうな表情のルーダがその後を追う。
「そういうとこも、好きなんだよなぁ。卵持ちにすんのは、やっぱ惜しいなぁ……」
 口の中で呟いた言葉は、シェラの耳には届かなかったようだ。聞こえていたなら今度こそ、ルーダの心臓はシェラの矢に貫かれていただろう。

 低くたれこめた鈍色の雲。ぼんやりと浮かびあがる廃墟の都市。
 薄闇に包まれた街路を、シェラは大股に歩いていく。前髪を乱暴にかきあげ、自分でもどうしてこんなに苛々するのかわからずに、大きな吐息をもらした。
(こんなにあの男の言葉が気に触るなら、事故のフリして、さっさと殺してしまえばいいのに。あたしはどうして、そうしないのかしら。今までだって何度も、あいつの気の抜けた無防備な背中に、あたしの炎を突き刺してやりたい衝動に駆られたけど、そうしなかった。 ためらった? このあたしが? 冗談じゃないわ!)
「おーい、シェラ、シェーラ。そんなに早く歩かなくたっていいだろ? 卵人は逃げや……あ、逃げるけどさ、全部自分で仕留めるつもりじゃないだろ? そんな急ぐなよ~」
 間延びした声で、ルーダがシェラの背中に声をかけてくる。シェラは、少し遠くなった彼の姿を肩越しに一瞥し、
「全部よ。全部あたしが仕留めるのよ。邪魔をするなら、ついて来ないで」
 冷ややかに言い放ち、更に歩みを速めた。
 薄闇に包まれた朝が都市を染め、けだるい灰色の一日の始まり告げていた。今日だけは真紅に濡れる灰色の日々。どこか遠くで、また誰かの悲鳴が聞こえた。


 

 

   
         
 
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