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狩人達の塔。
広々とした一階の玄関ホールは、狩りの合図を待ち侘びる天使達であふれ返っていた。
すべての狩人達は一様に、身体にはりつくような黒い衣装を身につけ、露出している部分の方が多いその服、というより布きれの上に、漆黒のマントをはおっていた。
そして短弓を持つ者は腰に、長弓を扱う者は肩か背中に、黒檀の狩人の弓を帯びていた。つがえる矢は、その胸の奥の、狂気という名の炎。
「笑っちゃったよ、昨日の天使。ウイッグなんだもんな。髪の毛つかんでひきずりまわしてやろうかと思ったのに、ズルッ、だもんなー」
「お前に捕まるようなマヌケ、そんなもんだろ」
「なんだよ、じゃあお前はどうだってんだ」
「ねぇ、どぉ? 今日の狩装束、おろしたてなんだぜ」
「脱いでみろよ、その方がずっといいわ」
狂おしいほどにゆっくりと過ぎていく刻。高まるばかりの鼓動。
「機嫌悪そうじゃない、フィム。せっかくの狩りの日だってのにさァ」
「ほっとけって。相変わらずあいつが、シェラにくっついてんのが、気に喰わないだけさ」
「金魚のフンのルーダなんか、どこがそんなにいいんだか」
「うるさいな、あんたの知ったこっちゃないよ」
早く、早く、早く。
胸の炎に我を忘れそうになるから、今はたわいもないお喋りに興じていよう。待つ間の時間はあまりにも長いから、黙っているのは耐えられない。
「なんで狩り場と獲物の数って決まってんの? もっと別の場所で無制限に狩らしてくれりゃいいのに。どーせ、ほっといたって増殖すんだからさ、卵人なんて」
「限りがあるから面白いんだよ、まだわかんないのか?」
「えー? 欲求不満になっちゃうよ」
「満足できないのは、あんたの腕が悪いんじゃなぁい?」
「うるさいな。あいつら皆殺しにするまで、満足なんか、できるわけないだろ」
「そして狩りの獲物を失うのか? そしたら今度はなにを狩るんだ?」
「……そしたら、天使でも、狩るよ」
「で? それもやっぱり皆殺しにするってわけ」
「それなら、最後は自分を狩るしかないだろうな」
「最後の獲物はぼく自身? ……かもね」
「どうせなら今すぐそうすれば? そしたら俺が、喰べてあげるよ」
その内心の興奮を抑えつけ、今にも破裂しそうに膨らませ、刻を待つ狩人達の耳に、
高く、遠く、はるかに。
今、狩りを告げる鐘の音が鳴り響いた。
「!」
一斉に無数の黒い瞳が空を見上げ、耳を澄ませる。反射的に立ち上がる幾つもの黒い影。
狩りの鐘が鳴る。
その頂より、朝闇の都市へ向けて解き放たれた鐘の音に、
「行こうか? シェラ」
黒のレザーパンツに膝までのロングブーツ、上半身にはなにも身につけずに漆黒のマントを羽織り、黒壇の弓を腰に携えたルーダが、シェラを促した。
狩りの正装に身を包み、シェラは腰の弓を慈しむようにひと撫ですると、傍らのルーダに頷いた。その官能的な肉体を誇示するように、胸と腰をわずかに光沢のある素材の布で覆っただけのシェラは、同じような衣装の女天使の誰よりも、際だって目を引いた。
「そうね。けど、その腰の弓、あんたには必要ないんじゃない?」
いつものように、ただ眺めているだけなんでしょう? と、なかば挑発的に、なかばただ確認するためだけに、抜かれることのないルーダの弓に視線を落としたシェラに、ルーダはかるく笑って肩を竦める。
「今日こそは必要になるかもしれないだろ? それに、こいつは身だしなみだよ。これがなきゃ、どうも格好つかないしな」
シェラは赤い唇の端をちょっと歪め、
「行くわ」
膝上のロングブーツの高い踵を鳴らし、黒いマントを翻した。
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