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赤みを帯びた薄闇の中で、幾つもの影が蠢いている。
狩人達の塔の中、赤い光に満たされたその部屋は、一面に漂う白い煙に、夢のように曖昧に、ぼんやりとして見えた。
部屋自体は広く、一つの巨大な広間になっていたが、そこかしこに赤い布でできた衝立が置かれ、幾つもの世界に分断されていた。それぞれの小さな布の部屋で、思い思いの言葉を交わし、笑いさざめき、泣き叫び、高らかに囁くように謳い、快楽に喘ぐ天使達。狩人とその獲物。
たちこめる白い毒に、獲物達は我を失い、虚ろな瞳で虚空を見つめている。この赤い部屋に獲物を連れ込む前に一粒。赤と黄色のカプセルを飲み下した狩人達は、白い毒に犯されることもなく、ただその身に秘めた狂気という名の毒に酔いしれて、獲物を好き勝手に責め苛んでいた。
天井には、赤い布で覆われた照明が頼りなげに光を滲ませ、光に隠れるように、赤い瞳の黒い虫が一匹、先程からじっと動かずにいた。
禍々しい光沢に満ちた黒い甲虫。巨大な赤い眼が、その下の天使達の狂宴を見つめている。
無機物の辛抱強さで、じっと動かない甲虫の赤い眼は、モニタアイ。その眼に映るもの全てを、塔の最上階にいる主人へ伝えるために、まばたきもせずに見つめていた。
そして彼の虫の主は、一つしか到達する方法のない、最上階の一室で、天使達のその様を眺めていた。
一抱えほどのモニタディスプレイの前で、赤いレザー張りのソファに長々と寝そべりながら、彼は時折独り言を呟きつつ、それを眺めていた。幾つもの場面が、幾つもの四角い画面に区切られ、それぞれに静かに、激しく蠢いている。
長い黒髪。波打つようにたっぷりとつややかな黒髪が、彼の身体を覆い尽くし、ソファの背もたれに乱れかかっている。
片肘をつき、その手の上に顎を乗せた彼はアシェ・紫炎(シエン)。
切れ長の目。刃物のような瞳の光。薄い唇。筋のとおった鼻梁。全体に酷薄そうな印象の、それでも氷のように美しい天使だった。
狩人達の長と呼ばれる天使だった。
赤く光るディスプレイの灯りしかない薄暗闇の中、彼の冷ややかな美貌が、赤く染まって浮かびあがっている。まるで、卵人の返り血を浴びたかのように。
と、
「面白い趣向だ」
なにに興味をひかれたのか、ポツリと呟き、アシェは空いている手で、ディスプレイ脇のパネルに触れた。
『……どうせ捨てるつもりだったのでしょう? いらないのよね?』
幾つかに分断された画面が一つになり、交わされる言葉が、意外なほどの鮮明さで聞こえる。画面の中では、身体にピッタリとはりついた、布地の少ない黒いスーツ姿の女天使が、素裸の女天使を組み敷き、そのわずかに膨らんだ下腹部に、銀色のナイフを押しあてて囁いていた。
虚ろな瞳の天使は抗いもせず、されるがままに身体を投げだしている。
プツリ、と、手足に比べて白い肌にナイフの切っ先が埋め込まれ、その奥から滲みだすように、薄紅色の血玉が浮かびあがる。それでも女天使は虚空を見つめたまま。
『痛くない?』
ひどく優しい声で語りかけ、ぐっと一気にナイフを押し込む。
ビクン、と反射的に跳ねあがる女の身体を抑えつけ、差しこんだナイフを横に滑らせる。
『これを、あたしに頂戴ね』
言いながら、女天使はナイフを無造作に放り捨て、黒い肘までの手袋をはめた手を、桃色の切れ目から捩じこんだ。無表情な女の目から、ポロポロと透明な水滴が零れ落ちる。
そして暫くの間、裸の女天使の腹を探っていた女天使は、捜し物の感触に、思わずにっこりと微笑んだ。ひどく無邪気な喜びの微笑。
ズルリと、薄紅色の血を滴らせ、抜きだされたその手の中には、
血まみれの、
それでも白く、ほのかに光る小さな卵が握られていた。
『ほら、これ……』
そして彼女は、虚ろな目から止めどもなく涙を流す女天使の目の前に、その卵を見せびらかすように差しだして、
『これは、あたしの呪いよ。すべての卵と卵持ちの女に対する』
音をたてて、その卵を握り潰した。
ポタポタと指の間から滑り落ちる白く濁った液体が、女天使の顔に滴り、涙と混じり合い、流れていく。
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