この美しい女天使だけの物になる。
それは、ぞっとするほど甘美な夢だ。
全てを捨てて、世界は彼女一色に染まる。
それは、確かな悦びだった。
リィタはハッキリとそれを意識した。
(俺は、この人の物だ)
頭の中で呟き、その言葉がもたらす感覚にリィタは酔った。
シェラの本当の目的が、なにかも知らずに。
世界は、遠くなる。
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地上に降りて五日が過ぎたが、相変わらずホテル住まいで、腰を落ち着ける場所を探そうともしていなかった。
まるで、いずれ通り過ぎる旅人のような気分だった。かといって、天上の都市に戻ろうと思っているわけでもない。それなら、一体どこに留まろうというのか、自分でもよくわからなかった。
肩の上に白い卵があるのなら、多良太がいてくれるなら、それでいい。場所なんてどこだっていい。
だが、自分はどこでも構わないが、こんな暗い汚れた空の下は、多良太には相応しくない気がした。もちろん、太陽の光に照らされても、中身は真っ暗な天上の都市も同じだ。
では、どこなら?
ルーァは、明かりのない暗いホテルの一室で、ベッドに横になったまま、ナイトテーブルの上で淡く光る多良太に視線を向けた。
ルーァは、寝付けなかった。
針で壁に小さな疵をつけるような、かすかな胸騒ぎがしていた。
真夜中を過ぎ、多良太は静かだ。
卵も、眠るのだろうか。夢を見るのだろうか。
この、汚れて腐った世界の中で、唯一つ穢れを知らないと思える小さな卵。卵の形をした白い光に相応しい場所が、どこかあるだろうか。
(例えばそれは……)
ルーァは、黒々とした天井を見上げ、その先にある重く垂れ込めた暗灰色の空を越え、白くて黒い天上の都市も越えて、更なる彼方想った。
闇色の地上を照らす光に相応しいのは、漆黒の夜空を照らす青い光。
あの、銀色の月。
そこならば、多良太と生涯を終えてもいい。
そこにしか、多良太と自分の居場所はないような気がした。
そここそが、多良太の生まれるべき世界なのに違いない。
そんなことを考えながら、いつの間にか眠っていた。
真っ暗な部屋の中で、多良太の白い卵だけが、ほのかな光を湛えてそこにあった。
それはまるで、夜空に浮かぶ月のようだった。
静謐な輝きを放つ、月のようだった。
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看守の女天使は、少しクセのある髪をベリーショートにしていた。
スラリとした肢体を、真っ青なレザーのパンツスーツで包み、踵の高い膝までの黒いブーツを履いていた。
重い鉄の扉が、軋みをあげて開く音がして、コンクリートの階段を、カツン、カツンと降りてくる足音が響くと、半地下の牢獄に閉じ込められた卵人達の間に緊張が走った。
卵人達は一つの牢に二十人ほどまとめて押し込められていた。全員が横になれるようなスペースはないが、触れ合わずに座れるくらいには広い。
鈍色の鉄格子の向こうには、少し開けた空間があって、正面には建物内部へ昇る階段、右手には外に通じる細い階段があった。
左側には、黒ずんだ染みが斑模様をつくる石の壁がある。その壁の向こうでは、やっぱり閉じ込められた獲物のグループが、同じように絶望しているのかもしれない。
牢獄の隅には、汚れた衝立で遮られたトイレがあって、押し込められた卵人達の汗と恐怖と嘔吐物と相まった異様な臭いが、半地下の空間全体にたちこめていた。
飢えて弱った獲物を狩っても面白くないのだろう。食事は日に三度、粗末なものが投げ入れられたが、その殆どが手付かずで、その臭いもまた、異臭に拍車をかけていた。
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