「ちょっと失礼じゃないか? 人の姿見て、急に逃げだすなんてな。俺達は、そんなにおっかないか?」
からかうように笑うルーダにも、二人の天使は怯えて顔を強張らせている。
「いや、別に逃げたわけじゃ」
「逃げようとしてただろ? でなきゃ、なんで急に踵を返したりするんだよ」
「そんな……俺達は、別にそんなつもりじゃ……」
髪の短い天使は、もつれてうまく喋れない舌で懸命に弁明を試み、我知らず、連れの天使へ身を寄せた。相手の腕を握る手に、力がこもる。その感触にも気づかず、長い黒髪を高く結いあげたもう一人の天使は、ただ、彫像のように凍りついていた。
「じゃあ、どんなつもり、だったんだよ」
「そんなのはどうでもいいわ」
口出しも手出しも無用だと片手を振り、からかうルーダをシェラが冷ややかな声で制した。そして、ゆっくりと髪の長い天使へと手を延ばす。
「それより、あなた、名前は?」
「え。あ……リィタ」
魅入られたように、その瞳から目を逸らせない。リィタは問われるままに答えた。
「リィタ? あたしはシェラ・真久。あなたはあたしの獲物よ。逃げてもいいわ、捕まえるから。逃げないのならあたしについて来なさい、あなたはあたしの物だから」
リィタの頬に、シェラの冷ややかな白い手が触れる。
「リィタ? あなたはこの男の卵を孕んでいるわね?」
唐突な言葉。何故かひどく不吉な予感に、リィタはためらい、
「卵持ちね、そうでしょう?」
断定的に決め付けられて、ようやくコクリと頷いた。
「そう。ステキね」
その微笑みが、どうしてこんなにゾッとするのだろう。
嫌な予感が拭えない。
シェラの細い指先が頬を滑り、首筋を伝わり、小振りな胸をユルリと円を描くように撫で、わずかに鼓動するリィタの下腹部へとおりていく。
「それなら、これもあたしの物ね」
グッと、いきなり爪を立てられ、リィタは思わず悲鳴をあげた。
「痛ッ!」
「痛い? そうね、痛いわね」
シェラが笑う。
「でもね、リィタ? あなたはあたしの物だもの。わがままを言ったら駄目よ? 素直でいい子にしてたら、うんと可愛がってあげるから」
シェラがにっこりと艶麗に微笑む。
そして、目に見えて激しくふるえだしたリィタに、誘惑の瞳で囁いた。
「あなたはあたしと一緒に来るわね?」
頭の中が白く霞んでいく。
なにも考えられずにリィタは頷いた。
ずっとその腕を掴んでいたラァザの手が、その瞬間、フッと放された。
「!?」
リィタは反射的に、傍らの恋人を振り仰いだ。その顔に宿る諦めの表情。リィタは唇を噛んで目を伏せた。
だが、再び彼の手を求めようと思わなかった。どうしてなのか。まだよくわからない。わかっているような気もしたが、それを認めるのが怖かった。
「リィタ」
自分を呼ぶ声にハッと向き直る。
「それで終わりよ。もう、あたし以外の天使を見つめることは許さない。あたし以外の誰かがあなたに触れることもね」
傲慢な新しい主人の言い種に、ほんの一刹那、反発する感情がこみあげたが、それもすぐに、押し寄せる波のような心地好さに消え失せた。
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