「遅いよ、待ちくたびれちゃった。みんな先に行っちゃったからね」
大理石の柱に預けていた身体を起こし、眉をしかめて不満顔をつくる。
すまなそうに笑いながら、謝ってほしかった。謝ってくれなくても、せめて、待っていたことを喜んでほしかった。
「なんだ、だったらお前も先に行けば良かったじゃないか」
まるで眼中にないルーダのセリフ。痛みだす心臓。絶望に近い殺意。それでもフィムは、傷ついた自分自身には気づかぬふりで、
「だって、一緒に行くって言ったじゃないかぁ」
大袈裟に、ぷぅっと頬を膨らませた。
傷ついたことを相手に知られたら、勝負のしようもない。弱気になった方が負けだと、フィムはいつも思っていた。相手に迷惑顔で見られたって、どうしたって一緒にいたいから。それなら鈍感なふりして、強気になって、少しばかり強引にしていよう。
「別に、だからってそんな、大勢でゾロゾロ行ったってな。どうせ最後は、ここにつれ帰ってくるんだろ。大勢で行って、取り合いになんのは、面倒臭い」
「だって、ルーダと一緒に行きたかったんだもん」
媚びるように拗ねた口調のフィムに、ルーダはからかうように笑った。
「なんでだ?」
「意地悪。ルーダが最近あの女ばっか追いかけて、ちっともぼくと遊んでくれないからじゃない」
「あの女ってのは、あたしの事か」
ルーダの傍らで呆れたように二人のやりとりを見ていたシェラが、ちょっと不快そうに口を挟んだ。フィムは白々しく眉をあげ、最初からそこにいるのはわかっていたが、敢えて無視していた彼女の存在を、まるで今気づいたかのような顔で眺めた。
「なんだ。いたの、シェラ・真久」
シェラは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「あんたの目は節穴? よくそれで狩りができるわね」
「見たくないものは見えないようにできてるんだよ、ぼくの目は」
「不良品なの? あたしがくりぬいてあげようか?」
「まーまーまーまー。二人ともよせよぉ、いくら俺が魅力的だからって、なぁ」
険悪な雰囲気の二人の間に、両手を拡げ、ルーダが陽気な調子で割って入った。
「寝言は寝てからにして。さっさと行くわよ」
ジロリと横目でルーダを睨みつけ、出発を促すシェラに、フィムが口を尖らせた。
「ルーダに対して失礼だろ、バカ女。行くなら一人で行けよ」
「……あんたは、このあたしに挑戦する気なの?」
薄く笑った赤い唇。
それを肯定すれば、シェラは嬉々としてフィムの心臓に狙いを定めるだろう。同じ狩人とはいえ、シェラの実力は自分をはるかに上回っていることは、悔しいけど知っている。
思わずビクッと肩をふるわせたフィムを庇うように、ルーダはポン、とその肩に手を乗せ、さりげなくシェラの肩にも手を回す。
「ま、そうムキになるなよ。三人で行けばいいだろ?」
どさくさに紛れて肩を抱くルーダの手を、無造作に振り落とし、
「足手纏いならいらないわ」
シェラは凍てつく瞳でフィムを見据えた。
「ぼくだって、あんたみたいな『高飛車デカ乳お化け』なんかと一緒に行きたくなんか、ない」
恐怖を堪えて突き刺すように言い放った後、フィムはでも、と付け足した。
「ルーダがそうしろって言うなら行く。すっごーく嫌だけど、ルーダがそう言うなら」
途端に甘えるような口調のフィムに、シェラはうんざりと眉をひそめた。相手にするのも馬鹿々々しくなる。
シェラは鼻を鳴らし、あとはもう、なにも言わずに歩きだした。
背を向けて足早に夜の闇へと消えるシェラを、ルーダが慌てて追い、その後をフィムが追いかける。
「シェーラ待てよ。俺が獲物を探してやるって言ったろ?」
「ルーダったら、待ってよぉ」
シェラは、振り向きもしなかった。
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夜の闇に包まれたその都市は、作り物の光に照らされ、かえってその闇の色を深めていた。ふいに足を踏みいれた路地裏の暗闇は、自らの影に飲み込まれそうになる。
わずかな光に照らされた、暗い道。高いヒールの靴音が、やけに遠く、近く、響く。
今もまだ夜宴に興じる天使達に別れを告げ、眠りにつくために家路についた二人の天使。強情そうな黒髪を短く刈り上げ、七色に光るブルゾンを羽織った天使と、それに寄り添う、黄緑のハーフコートにヒールの高い同じ色のロングブーツ、黒のキャットスーツ、長い黒髪を高く結いあげた天使。あまり二人の身長が変わらないせいか、ショートヘアの天使がもう一人の天使の肩に回した手は、少しきつそうだった。
「ねぇ、あんた地上に来てどの位なんだっけ、ラァザ?」
霧のような眠気にとぎれがちな会話の、幾度目かの沈黙を破り、長い黒髪の天使が、傍らの天使の顔を覗きこんだ。
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