ルーダは、珍しく少し真顔になって、シェラに頷きかけた。
「卵を孕んだこともない女からはさ、なんか特別な力ってーか、エネルギーみたいなもんを感じるんだよ。卵を孕んだ途端に薄れて、産んだら消えちまうんだけどな。で、お前はそれが桁外れなんだよ、シェラ。だから、簡単にそれを消すのが勿体なくてさ。お楽しみはとっておきたいじゃないか? そしたら、その悦びも大きいに違いない、そう思ってさ。本気で、お前から獲物を奪う気にならないんだよな。あんまりたやすく、俺の卵を産ませんのはな」
「自分の実力不足を、そんなたわ言でごまかす気? たとえあんたが本気になろうと、あたしに勝てると本気で思ってるの?」
蔑むような傲慢な口調のシェラに、ルーダはひどく嬉しそうに笑った。
「その自信! 好きだなぁ。たとえ卵持ちになっても、シェラのその性格は絶対に好きだぜ。だから余計に勿体ない」
「あんたに好かれようとは思ってないわ」
「そういうとこが、いいんだよなぁ」
一人で満足げに頷くルーダに、シェラはうんざりと顔をしかめ、吐き捨てるように言った。
「あんたの世迷言はたくさんよ。行くんでしょ? 行かないの」
「行くさ」
「なら、さっさと行くわよ」
シェラは立ち上がり、腰のボウホルダーに黒光りする弓を納め、ルーダを目で促した。仰せのままに、と、ルーダは長身の身体で優雅に一礼し、シェラに扉を指し示す。
シェラは、そんなルーダに冷ややかな一瞥を与え、高いヒールの音を響かせながら、扉へと歩きだした。ニヤニヤ笑いを貼りつけたままのルーダが、その後を追った。
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狩人達の塔の中。一階にある広い玄関ホールの中で、ポツンとただ一人、小柄な天使が人待ち顔で、黒に染められた大理石の柱に寄り掛かっていた。
大きめの黒いシャツにかなり短いショートパンツ。膝下までのエナメルのブーツ。サラサラの黒髪を顎の辺りで切り揃え、黒目がちの濡れた瞳で、エレベーターの扉が開くのを、今か今かと見つめている。熟する前の果実のような少年体の天使は、フィム。卵人狩の前夜祭に捧げる、生け贄の天使達を狩りに行こうとルーダを誘い、
「すぐ行くから、下のホールで待ってろよ」
そう言われて、おとなしく待っているのに、ルーダは一向にやって来ない。一体なにをしているのかと、少し苛立ち、少し不安に駆られながら、彼は待っていた。
待つ間の時間は、どうしてこんなに長いのだろう。これからずっと、気が遠くなるほど生きていくはずなのに、たった数分がこんなに長いのなら、きっといつか狂ってしまう。
(もしもぼくが狂ってしまったら、ルーダはぼくを殺してくれるかなぁ。他の誰かに殺されるのは嫌だけど、ルーダなら……ルーダの炎になら、殺されちゃってもいいのに。でもルーダは、ぼくを殺すほど、ぼくのことを好きじゃないのかもしれない)
そう思うと、気が沈む。
今この瞬間も、ルーダはお気に入りの女天使のもとにいて、フィムのことなど忘れているのだろう。
悔しくて、苦しくて、息がつまる。
昼間、暗灰色の檻から溢れだしそうな数の卵人達を捕まえ、現在は狩りの時にしか使われなくなっている、打ち捨てられた区域の牢に閉じ込めた時は、少し気持ちが晴れた気がしたが、今はまた、ひどく気が重い。フィムは浅くため息をついて、せめてもの慰めに、胸の高鳴るような想像を膨らませた。
(もしも、もしもぼくがおかしくなっても、ルーダがぼくを殺してくれないなら……ぼくが、ルーダを殺そう。ぼくの炎でルーダを殺して、ぼくはルーダの死骸を抱いて、このビルの上から、ぼくは飛び下りる)
「待たせたな、フィム」
(ドキドキするほど幸せだろうな、その時は。ようやくルーダを独り占めできるんだもの。でも、そうだよ。もしかしたら、ぼくが狂ってしまうまで待つ必要なんて、ないのかもしれない)
待ち兼ねた扉が開き、待ち人が姿を現わしても、フィムは一瞬、それが自分の想像が見せた幻かどうかもわからなかった。
まばたき。
それが消えないことを確かめるために、目をしばたたかせ、フィムはようやく我に返った。
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