「サフィリエル!?」
「それ以上言うのは許さない」
目を開け、いつもなにかを憂えているような瞳のまま、ルーァは固い声で言った。
信じられないと、ラディケルが目を見張る。
「どうして! こいつを庇ったってなんの得にもなりゃしないでしょ!? ほっといたら、俺達みんな、この卵ヤローに殺される」
「やめろと言った」
「でも……っ」
〈ルーァ?〉
「ラディケル、私を怒らせたいのか?」
ひどく静かな問いかけに、ラディケルは声を失った。
「消えてくれ、ラディケル」
一瞬、黒い瞳に傷ついた色をうかべ、ラディケルは少し、微笑った。
「お前が、そんなふうに感情を動かすことができるとは思わなかった。それは喜ぶことなんだろうね」
だが、次に口を開いた時には、決然とルーァの瞳を見据えていた。有無を言わせぬ厳しい表情で。
「けどね、そいつのことは別だよ。たとえ俺がなにも言わなかったとしても、そいつのことが他の奴等にバレるのも時間の問題だからね。そうなったら、そいつを肩に乗せてるお前だって、無事じゃいられないんだからね」
その言葉が聞こえなかったわけじゃないだろうが、ルーァは敢えて応えず、
「お前が行かないのなら、私が行く。元気でな」
そう言って背を向けた。
その背中に、ラディケルは泣きそうな声で叫んだ。何故か、その後ろ姿を見るのは、これが最後のような気がして。
「サフィリエル! お前、絶対後悔するから! 絶対するからねッ!」
一瞬、足が止まる。
「……ありがとう、ラディケル」
肩越しに振り向いて、そう言い残し、ルーァは再び歩きだした。
聞き馴れない言葉。耳馴れない響き。そんな言葉の存在を、久しく忘れていた。生まれてこの方、一度たりとも耳にしたことなんてなかった。
「ありがとうって、なんなのさ、それ。ありがとうって……」
ラディケルは茫然と口の中で呟き、去って行くルーァの後ろ姿を見送った。
薄暗い都市。
闇色の世界の中で、彼の白い髪とその肩の卵だけが鮮やかに白くうかびあがっていた。
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