卵人狩  
1章「薄闇の都市」
 
 
    HOME / 「卵人狩」TOP

 
1-17


〈だって! だって、ルーァ! ルーァは嫌なんでしょう? ルーァが嫌ならぼくも嫌だもの。なのに、どうして、悲しいの?〉
「多良太……」
 不安と恐怖にふるえる多良太の声に、ルーァはやっとの思いで、苦い呟きを漏らした。
 ラディケルは、今自分が目にし、耳にしている出来事に、信じられないとかぶりを振った。ひきつったような笑い顔で、全部冗談にしてしまえればいいのに。
「な、んだよ、それ。精神感応できるっていうの? 冗談だろ」
〈どうして? それはおかしいの? だって……でも、みんなできないの? どうして〉
「やめてよ! ヘタなお芝居、バカみたい」
〈でも、あなたはもしかしたらって、思ってるじゃない。ぼくは嘘なんか……言ってない。あなただって、お芝居だなんて、思ってないでしょ〉
「ちょっと、ホントに……?」
 ゴクリ、とラディケルが息を飲み、
「多良太」
 これ以上、その不可思議な力のことに触れてほしくないと、祈るような想いで呟いたルーァの心は、聞こえなかったのだろうか。
 気づかれてしまう。もしかしたら、と思っていたこと。けれど敢えて締めだしていた予感。
〈だって……聞こえるのに。どうして? どうしてみんなは聞こえないの? どうしてぼくは聞こえるの? ルーァ、どうして?〉
「わからない」
「信じらんない。こんなことってあんの? なんか……それじゃあこいつ、まるで……」
 言いかけて、口にするのを憚るように飲み込んだ言葉の続きを、多良太の訝しげな声が引き取った。
〈『進化の卵』? なに、それ〉
 「こいつ、ホントに……?」
 ラディケルは、驚愕と恐怖にふるえるまなざしで、淡く光る白い卵に目を見張った。
 それは、ずっと避けていた答えだ。気づかずにいたかった答えだ。
 声にだされて、言葉の呪縛に、指先から染みこんでくる絶望。爪先から、体中が痺れていく気がする。
 重苦しい沈黙が落ち、多良太は伝わる不安に耐えかねて、すがるようにルーァに答えを求めた。
(なに? ルーァ、『進化の卵』ってなに? 聞こえないよ。声にしてよ〉
「いつも聞こえるんじゃないの?」
 未だ言葉を失ったままのルーァに代わり、ラディケルが、驚愕に勝る好奇心で問う。
〈ずっとじゃないよ。誰でもじゃないよ。みんなの声がいつも聞こえてるわけじゃないよ。聞きたくても聞こえない時だってあるし、聞きたくないのに聞こえてきちゃう時もあるんだもの。でも、今は聞こえなくなっちゃった。ねぇルーァ、教えて。『進化の卵』ってなに? どうして、ぼくのどこがそうだって言うの?〉
 イヤイヤをするように、光の粒子が散る。ルーァは、心を落ち着かせるために、一度深く息を吐きだし、ためらいがちに口を開いた。
「私も、詳しくは知らないが、ある種族が、種としての進化を止め、停滞し、腐敗した時、それまでとは全く違った能力を持つ者が突然に生まれると言われている。それによって、古い種は滅亡し、新しい種によってその種族は活性化するのだと、そんなことを聞いた。その突然変異的に誕生する種の、最初の一つが『進化の卵』と呼ばれるものだ」
〈ぼくは……天使じゃないの?〉  
「天使さ。天使によって天使は滅ぼされるんだ。あんたが俺達を滅ぼすんだ」  
「ラディケル……」  
〈ぼく、そんなことしたくないよ。ルーァがいなくなるなんて、ぼく、嫌だ〉  
「すぐに消えて無くなるわけじゃない。ただおそらく、これから生まれる天使は、我々と同じじゃなくなるだけのことだ」  
「それで、その内消滅すんのさ。新しい天使とやらに侵蝕されて、飲み込まれて、住む場所も生きる場所も奪われるんだよ。滅亡なんて時間の問題じゃないさ」  
 ラディケルの声を震わせるのは、恐怖だろうか怒りだろうか。  
「決まったわけじゃない」  
「決まったのかもしんないじゃないのさ。そうだよ! 俺の中にいるのも、こいつみたいな喋る卵なのかも……!」  
 自らの下腹部を押さえ、ひきつった声をあげる。そんなラディケルに同じ言葉で応えながら、ルーァは、  
「ラディケル、まだそうと決まったわけじゃない」  
 繰り返すのは、自分自身にもそれを言い聞かせようとしているからかもしれない、と思った。
「俺は嫌だね、こんなのを産むのも、産んだものに滅ぼされるのも!」  
〈ぼくはそんなことしないよっ〉  
「どうして言い切れる!?」  
〈だって……だってぼくは、そんなことしたくないもの〉  
「お前がどう思おうとも! 例えお前にその気が無くても、お前が生まれるってことはそういうことなのさ。お前が生まれたら、それで俺達は消されるってこと」  
〈じゃあ……じゃあどうしろって言うの!? ぼくはそんなの嫌だ。ぼくはそんなの嫌なのに〉
 ふるえる光と声は、今にも雨が降りだしそうな空を思わせる。  
「決まってる。そう、案外簡単なことかもしんないね。あんたが……」  
 天使らしく整った容貌を歪め、ラディケルがルーァの肩の上で光る卵に指を突きつける。  
「やめろ」  
 最後の台詞を鋭く遮り、ルーァは目を閉じた。




 

   
         
 
<< BACK   NEXT >>