〈自業自得だもん〉
「な、こ、てっめェ、そこ動くな。今すぐ黒焦げにしてやるッ」
ラディケルは弾かれたように立ち上がった。右の掌を、ルーァの肩の上にある卵に突きだして叫ぶラディケルに、ルーァが他人事のように問う。
「私をか?」
「サフィリエルはどいててよ!」
「それは駄目だ」
「庇う気!?」
「庇うというか、これが外れようとしない限り、私から外すことはできないんだ」
「なら、卵。サフィリエルから離れなッ」
〈やだ。そんなの、あんたに命令される覚えはないもん〉
「こ、このっ」
怒りのあまり顔を紅潮させ、ラディケルは拳を震わせた。ルーァは、これが限界だろうと、多良太とラディケルの、ピリピリと電気を帯びた間に割って入った。
「その辺にしといたらどうだ? 多良太、彼の神経をわざと逆撫でするような言動はやめるんだ。ラディケル、お前も、これの言うことをそう間に受けないでほしい。ちょっとふざけてるだけなんだから」
「ちょっとふざけただけぇ!? これがそんなかわいいもん? 本気でそう思ってんの、サフィリエル」
ずいっと顔を近づけて詰問口調のラディケルの迫力に押されたのか、ルーァは思わず目を逸らして呟いた。
「いや、たぶん……」
〈ルーァ……中途半端なフォローしないでよ〉
多良太が呆れたように突っ込む。ルーァは慌てて顔をあげて、再びラディケルに言った。
「ふざけているだけだと思う」
「ほんとにィ?」
疑わしげな眼差しに、ルーァは少し自信なげに頷いた。
「そう、思う」
ラディケルは、じいっとルーァを見つめ、それから、コロリと態度を変えて微笑んだ。
「ま、いいよ。サフィリエルが俺好みだってことに気づいたいい日だもの、許しちゃう」
〈ふーん?〉
多良太の揶揄するような口調に、ラディケルは再び眉を吊り上げた。
「なに? お前はまだ文句あんの!?」
〈べつにー?〉
「……やっぱ俺、こいつだけは勘弁できない。いっぺん消し炭にしてやりたい」
〈うわぁ。ホントに寛大〉
「こ、のっ」
皮肉たっぷりの声に、ラディケルは右手を固く握りしめた。
ルーァが、困り果てたように額を押さえる。なんだか少し、頭が痛い。
サフィリエルの表情に苦痛を見てとったラディケルは、途端に豹変して、媚びを含んだいたわりの声をかけた。
「サフィリエル、大丈夫? どこか具合が悪いの? 少し休んだ方がいいんじゃない?」
ラディケルの右手が、ルーァの左腕へと差し延べられる。
と、それを阻むかのように、多良太の声音に含まれた棘が鋭さを増した。
〈あなたがいたんじゃ、休めないよ〉
反射的に右肩の卵を睨みつけ、
「なんだって!?」
ラディケルは斬りつけるように言った。
〈ルーァの頭痛を治したいなら、あなたが消えちゃえばいいの〉
多良太が益々尖った声で言い募る。だが、どこか不安そうな声だった。なにを恐れることがあるのだろう。
「その言葉、そっくりお前に返してやるよ!」
〈ダメだよ! だって、ルーァは、今のあなたは嫌いなんだから〉
「多良太!?」
ぎょっとして多良太を見やり、それから、ラディケルの顔色を窺った。
傷つけてしまっただろうか。誰も傷つけたくない。誰の心にも、自分の痕跡を残したくなかった。
目を見開き、瞬間の衝撃に、わずかにふるえる声で、ラディケルが多良太を睨みつける。
「なにさ、それ。勝手なこと、言うなよ! 第一、たとえそうだったとしても、なんでお前にそんなことがわかるわけ?」
〈わかるよ。ぼくには、ルーァの心が伝わってくるんだもの〉
と、そこまで言いかけて、多良太は怯えた色でその輝きに蔭りを見せた。恐る恐る、ルーァに問いかける。
〈……ルーァ? ぼくはいけないことをした、の?〉
ルーァは答えなかった。だが、声にならない言葉に、多良太は激しく明滅した。
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