卵人狩  
1章「薄闇の都市」
 
 
    HOME / 「卵人狩」TOP

 
1-15


「いや、取り敢えず、自分でもう少し探してみるつもりだ」  
「そう? いいトコ見つからなかったら言ってよ、いつでも紹介したげっから。はい、これ住所」
 断られても、特に機嫌を損ねたふうもなく、ラディケルはオレンジ色の住所カードをコートの内ポケットから取りだして、ルーァに差しだした。鮮やかに光る、小さな透明のカード。  
「ああ」  
 ルーァは黒い手袋をはめた手でそれを受けとり、ぼんやりと頷いた。無意識の内にポケットにしまう。  
「ところでさ、さっきっから気になってるんだけどさ、それなに?」  
「それ?」  
 ラディケルの視線と指の先には、ほのかな光を帯びた白い卵。  
「それ、卵?」  
「……卵だ」  
 右肩の上の卵に視線を落とし、ルーァは、あまり気の進まない口調で肯定した。  
「でもさ、それ、なんで? アクセサリーかなんか?」  
「いや」  
「じゃ、なにさ。天上で流行ってんの? その孵し方。あ、もしかして、ライトになってるとか? 暗闇で回りながら光ったりして。でも、そしたらやっぱり、バランス的に両肩にあった方がいいと思うなぁ」  
「まさか」  
「じゃあ、なんなのさぁ」  
 じれったげに身をよじる姿は、驚くほど女っぽい。外見そのものはさほど変わらないのに、その口調と仕草だけで、こうも印象が変わるものか。  
 ルーァは戸惑いに口ごもり、変わってしまった彼―彼女から目を伏せた。  
「拾ったんだ。いや、拾わされたというべきかもしれないが」  
「拾わされたって? 誰に?」  
「……卵が」  
「卵ぉ? ちょっと、サフィリエル、お前」  
 眉をあげ、疑わしげにルーァの顔を覗き込む。その後に続く言葉は、ルーァ自身の口から発せられた。  
「狂ってやしない」  
 そう思っているだけなのかもしれないが。  
 ふと脳裏を掠めた、そんな想いは飲み込んだ。
「そんな……だったら……あ、メッセージホロ付きだったんだ?」  
 ラディケルの言葉に、途端にあれは、単なる錯覚、幻想だったような気になる。  
 あの路地裏で、卵に頼まれて手を伸ばしたのも。卵にせがまれて、埃に霞んだ灰色の大気の中を飛んだのも。乞われてその名を与えたのも。  
 さっきまで聞こえていた卵の声は、ラディケルが現われた途端に聞こえなくなった。  
「そうかもしれない。幻聴だったのかもしれない」  
 だが、それでもいいと思ったのだ。幻でもいいと。  
「ん~? なんなのさ、まさか卵が喋ったワケじゃないでしょ? これがさぁ」  
 ラディケルが、ふざけ半分に、指先で、つん、と卵をつついた瞬間、卵の光が濃さを増した。
 それを合図に、ラディケルの出現から沈黙を守っていた多良太が、憮然としながらも、澄んだ声音で言った。  
〈触らないで〉  
「え? お前、なにか言った?」  
「いや」  
 冷静に否定しながらも、ルーァはホッと胸を撫でおろした。  
 幻なんかじゃなかった、やっぱり。幻でも構わないが、唯一つのリアリティであればもっといい。
「気のせい? 今なにか」  
〈ぼくに触らないでって言ったの〉  
「なっ!? な。これ。今、これ。ええっ」  
〈変な人〉  
「こっ……卵の分際でっ!」  
 思わず、ラディケルは卵を拳で殴りつけた。ルーァが制止する間もなかった。  
 ガッ、と堅い音が響き、ぴた、と殴りつけたままの格好でラディケルの動きが止まる。  
 一呼吸ほどの沈黙の後、
「いっ……いったぁぁぁい」  
 泣き声に近い悲鳴をあげて、ラディケルは右手を抱えこむようにして、その場にしゃがみこんだ。  
「そんなに硬いのか」  
 独り言のように呟き、ルーァは安堵の吐息と共に、どこか感心したように、肩の上の卵を見下ろした。




 

   
         
 
<< BACK   NEXT >>