「いや、取り敢えず、自分でもう少し探してみるつもりだ」
「そう? いいトコ見つからなかったら言ってよ、いつでも紹介したげっから。はい、これ住所」
断られても、特に機嫌を損ねたふうもなく、ラディケルはオレンジ色の住所カードをコートの内ポケットから取りだして、ルーァに差しだした。鮮やかに光る、小さな透明のカード。
「ああ」
ルーァは黒い手袋をはめた手でそれを受けとり、ぼんやりと頷いた。無意識の内にポケットにしまう。
「ところでさ、さっきっから気になってるんだけどさ、それなに?」
「それ?」
ラディケルの視線と指の先には、ほのかな光を帯びた白い卵。
「それ、卵?」
「……卵だ」
右肩の上の卵に視線を落とし、ルーァは、あまり気の進まない口調で肯定した。
「でもさ、それ、なんで? アクセサリーかなんか?」
「いや」
「じゃ、なにさ。天上で流行ってんの? その孵し方。あ、もしかして、ライトになってるとか? 暗闇で回りながら光ったりして。でも、そしたらやっぱり、バランス的に両肩にあった方がいいと思うなぁ」
「まさか」
「じゃあ、なんなのさぁ」
じれったげに身をよじる姿は、驚くほど女っぽい。外見そのものはさほど変わらないのに、その口調と仕草だけで、こうも印象が変わるものか。
ルーァは戸惑いに口ごもり、変わってしまった彼―彼女から目を伏せた。
「拾ったんだ。いや、拾わされたというべきかもしれないが」
「拾わされたって? 誰に?」
「……卵が」
「卵ぉ? ちょっと、サフィリエル、お前」
眉をあげ、疑わしげにルーァの顔を覗き込む。その後に続く言葉は、ルーァ自身の口から発せられた。
「狂ってやしない」
そう思っているだけなのかもしれないが。
ふと脳裏を掠めた、そんな想いは飲み込んだ。
「そんな……だったら……あ、メッセージホロ付きだったんだ?」
ラディケルの言葉に、途端にあれは、単なる錯覚、幻想だったような気になる。
あの路地裏で、卵に頼まれて手を伸ばしたのも。卵にせがまれて、埃に霞んだ灰色の大気の中を飛んだのも。乞われてその名を与えたのも。
さっきまで聞こえていた卵の声は、ラディケルが現われた途端に聞こえなくなった。
「そうかもしれない。幻聴だったのかもしれない」
だが、それでもいいと思ったのだ。幻でもいいと。
「ん~? なんなのさ、まさか卵が喋ったワケじゃないでしょ? これがさぁ」
ラディケルが、ふざけ半分に、指先で、つん、と卵をつついた瞬間、卵の光が濃さを増した。
それを合図に、ラディケルの出現から沈黙を守っていた多良太が、憮然としながらも、澄んだ声音で言った。
〈触らないで〉
「え? お前、なにか言った?」
「いや」
冷静に否定しながらも、ルーァはホッと胸を撫でおろした。
幻なんかじゃなかった、やっぱり。幻でも構わないが、唯一つのリアリティであればもっといい。
「気のせい? 今なにか」
〈ぼくに触らないでって言ったの〉
「なっ!? な。これ。今、これ。ええっ」
〈変な人〉
「こっ……卵の分際でっ!」
思わず、ラディケルは卵を拳で殴りつけた。ルーァが制止する間もなかった。
ガッ、と堅い音が響き、ぴた、と殴りつけたままの格好でラディケルの動きが止まる。
一呼吸ほどの沈黙の後、
「いっ……いったぁぁぁい」
泣き声に近い悲鳴をあげて、ラディケルは右手を抱えこむようにして、その場にしゃがみこんだ。
「そんなに硬いのか」
独り言のように呟き、ルーァは安堵の吐息と共に、どこか感心したように、肩の上の卵を見下ろした。
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