卵人狩  
1章「薄闇の都市」
 
 
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1-12


「ああ」
 ルーァは曖昧に頷き、  
〈乗せて、乗せてっ〉
 跳ね回ってはしゃぐ子供のような多良太に、思わず口元が綻びそうになった。意識してそれを堪え、黙って多良太を手にとり、右の肩に乗せる。  
〈なんか、やっぱりすごく落ち着くよ〉  
「そうか」
 嬉しげな声が照れ臭く、ルーァはわざとそっけなく応えた。
 窓に向かい、鍵を外して押し開く。
 風が、吹き込む。
 昨日より、強い。  
〈飛んでくれるの?〉  
「ああ」
〈うわぁ〉  
 期待に満ちた喚声を受けて、ルーァはその身を宙に踊らせた。  
 フワリ、と一瞬、刻が止まった。


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(あれは、なに?)
 鉄格子に分断された小さな窓の外を眺め、絶望にぼんやりと座り込んでいたサキは、空の彼方、厚い雲に覆われた灰色の空の彼方に舞う、巨大な鳥に似たものに首を傾げた。  
 あんなに大きな鳥は見たことがない。鳥自体が空を追われ、今は殆どその姿を見ないのに、あの遠目にも判る見事な翼の鳥はなんだろう。不思議なことに、誰か大人が一人、その鳥に抱えられているように見えた。  
 いや、それはまるで、翼有る人。伝説の有翼人が翼を広げ、のしかかるように重い空の下、この都市を憐れみながら見下ろしているようだ。  
 あれは現実か幻かと、サキは、近くに寝転ぶ中年男を揺り起こして確かめてみようかと思ったが、すぐに思い直してやめた。どうせ、頭がおかしくなったと思われるだけだ。もうすぐにも、廃墟の都市へ放されて、天使達に狩られるこの身で、頭の中を疑われたところで大した問題でもないが、好んで、残されたわずかな時間を、屈辱的なものにすることもない。  
 サキがそんなことを思う間にも、巨大な黒い鳥は、低くたれこめた雲の下、ゆるやかな曲線を描いて舞い飛んでいる。頭の部分だけが白く染め抜かれているのが、遠目にもわかった。  
(あれは、死を招く告死鳥? あたし達の死を告げに来たの?)
 サキは立ち上がった。狭い牢の中に押しこめられた卵人達の隙間をぬって、少しでも窓へと近づこうと。  
(だけど、あんなふうに空を飛べたら。こんな腐った都市なんか逃げだして、どこか遠いところへ飛んでいけるのに。この都市を囲む荒野とその先の砂漠を越えて、遠い遠い世界にいったら、まだ光は射しているのかもしれない)  
 と、ふいと黒い鳥が軌道を変え、視界から消えた。消えた鳥をなおも追うように、サキは高い小窓に背伸びする。  
「なにをやってるんだ?」  
「馬鹿々々しい。逃げられやしないよ」  
 手を伸ばしても届きそうにない窓に向かって懸命に背伸びするサキに、幾人かの卵人が顔をあげ、疲れた声をかけた。  
 牢の中に数十人の卵人達が押し込められていたが、声をだす者はほとんどなく、重くじっとりとした異様な静けさに満ちていた。漂っているのは、諦めに似た絶望か。重苦しい静けさの中に響いた声は、だが、サキには聞こえなかったようだ。身体の向きを変え、わずかでもあの鳥の姿が見えないかと、窓の外から目を離そうともしない。  
(……あたしの背中に翼があったら)  
 どうやっても、もうあの黒い鳥は影も形もなく、サキは踵をおろした。  
(羽がほしい。どんなに呪われた翼でもいい、あたしは翼がほしい)  
 今はただ、暗い雲の海が果てなく広がる窓の景色を眺め、サキは立ち尽くしていた。  
 高らかに響きわたる鐘の音。  
 狩りだされるためだけに街へ逃げだす日は近い。 
 だけど翼があったなら。


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 燃えあがるような青い飛行船の発する光の波が、頭の中に直接語りかけてくる。強制的に滑りこみ、抜けだしていく言葉。  
《卵人狩いよいよ三日後に開催! 来たれ狩人! 参加者受付中》    
 暗灰色の空を泳ぐ、青い飛行船。薄暗いビルの谷間から、それぞれの想いを胸に、天使と卵人達がゆったりと漂い泳ぐ飛行船を眺めている。  
 肩に小さな卵を乗せた白髪の青年が、ふと歩みを止め、汚れた海を泳ぐ青い魚を見上げた。彼の整った容貌には、とりたててなんの表情もうかんでいなかったが、その瞳の底には、憂いと空虚が沈んでいるようだった。  
〈ねぇ、ルーァ? 卵人狩ってなぁに?〉  
 澄んだ子供の声が、ただひとつのリアリティを伴って彼の耳に響く。ルーァはまばたきし、肩の上の卵に視線をおとした。  
「お前にも聞こえたのか?」  
 青い船の声が。  
 言葉の後半を、声をださずに問い返した彼に、淡く光る白い卵は、声にならなかった言葉までも聞きとり、それに答えた。




 

   
         
 
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