月光蝕  

 
 
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11


 嫌な夢を見た。イヤな夢だ。
 ぼくはびっしりと汗をかいて目を覚ました。
(何時だろう……?)
 暗い部屋で、枕もとの時計を手探りして、目を凝らす。二時十五分。夜だ。丑三つ時とかいうのだろうか。
 熱のせいだ。イヤな夢を見た。
 今日、今はもう昨日のことだ。学校で宇宙人を見た。ぼくは宇宙船のバリアの微粒子でココロが弱くなってしまって、そのせいで熱がでた。風邪だと母親は言ったけれど、風邪じゃあないことは、ぼくが一番よく知っている。
 学校から帰ってすぐ、倒れこむようにしてベッドに横になった。ムリヤリ着替えさせられて、意味がないのに風邪薬を飲まされて、ぼくはすぐに眠ってしまったようだ。汗でパジャマが冷たい。
 ぼくは起きあがって、とても面倒だったけれど、新しいパジャマに着替えることにした。このままじゃあ、気持ち悪くて眠れないし、とても嫌な……とてもイヤな夢を見たから、すぐには寝直せそうにない。
 ベッドからおりて、蜘蛛の糸のように垂れ下がる蛍光灯の紐を引っ張る。カチリ、カチリと二回。最初の光は眩しくて、とても耐えられそうにない。だから一つ弱めにしたのだけれど、暗闇に馴れた目にはそんなに変わりはなかった。
 ぼくは眩しさに目を瞑り、まぶたを通して感じる明かりに少し馴れたころ、ようやく薄目を開けた。蛍光灯の明かりはまるで、それ自身で人を傷つけることができる、光の凶器のようだ。
 押入れの、プラスチックでできた収納ケースから新しいパジャマを取り出すために、向かいかけた足が止まる。鴨居にひっかけた青い針金のハンガーに、濃紺のブレザーがかかっている。
 そこに宇宙船はあるのだろうか。
 ぼくはふと不安になった。もしも、もしもポケットの中が空っぽだったら?
 それより、今はいつだろう。宇宙人と公園で会ったのは、真夜中、ジャングルジムの上で、はるか母船を見上げる宇宙人に出会ったのは、昨日? 一昨日? 一昨昨日? それとも?
 ぼくはブレザーの前に立ちつくした。
 どうしようか。ぼくは少し怖い。汗で冷たいパジャマのせいだけじゃあない。ぼくは身震いした。
  指先が、痙攣するようにふるえる。ポケットはわずかにふくらんでいるようだけれど、中になにかが入っているから、とは限らない。一年のときから着ているのだし、何度も確かめるためにポケットを手探っていたから、少しクセがついてしまったのかもしれない。
 ぜんぶ、今ここで、すぐに触ってみればわかることだ。直接でも、上からでも、確かめてみればいいだけのことだ。
 そんなことわかっている。わかってはいるのだけれど、ぼくは立ちつくしていた。
 それからゆっくりと、なにかに操られているみたいに、ぼくの右手があがっていくのに気付いた。意識したわけでもないのに、制服のポケットへと伸びるぼくの手を、ぼくはなんだか不思議な気持ちで眺めていた。
 まるで、夢でも見ているみたいだ。
 指先が触れる。ポケットの上からそっと、愛でるみたいに、首のすわらない赤ん坊を抱くように、ぼくの指がポケットを探った。
 ドクン、とこめかみあたりで大きく一つ脈打つ。無数に、葉脈みたいにはりめぐらされた自分の血管を、リアルに想像する。
 窓の外には宇宙船。
 青白く光を放つ、銀色の宇宙船。


 ぼくはクスリのせいで、その場で眠りこんでしまったらしい。気がついたときにはもう夜だった。
 薄い雲がかかっていた。雲はほの白くうかびあがっていた。
 そして朧に、雲の合間から時折顔をだす、銀色の……月。
 満月? 十五夜か十六夜。もしかしたら、欠けはじめているのかもしれない。
 あれは宇宙人の宇宙船。
 ぼくは月の視線から逃れるように、鉄格子のはまった窓の側を離れ、ベッドの反対側にうずくまった。
 それでも背中に感じる視線。見られている、という強い感覚。
 月が見ている。月から宇宙人がぼくを見ている。
 ぼくは振り返れない。振り返ることができない。
 でもわかっている。振り返らなくてもわかっていた。
 月が、見ている。
 見ているんだ。
 そしてぼくは嫌な夢を見る。
 ここ最近ずっと続く、耳鳴りと嫌な夢。
 イヤな夢。
 今日も月は銀に輝く。
 大きなパチンコ玉のように、ギラリと光って、青白いサーチライトで夜道を照らす。



 <了>
 

   
         
 
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