日光浴
 
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 真珠は、黒曜がクローゼットルームに入った隙に、素早く瑪瑙に連絡し、本社への正確な到着時間を聞くと、到着時間ピッタリに、とっておきに着替えた黒曜を連れ、社有の宇宙港へ向かった。
 途中、社長の姿を見て驚愕に凍りつく社員の前を、真珠はやけに楽しそうで、何故か自慢げな笑顔で通り過ぎていった。たぶん、今回の衣装は歴代のブロークンデーコレクションの中でも、群を抜く逸品といってもいいだろう。真珠は、これを用意してくれた知人には、特別ボーナスを支払うことにしようと思った。


 二人が発着場に着くと、丁度、<琥珀>の卵型の船体が、メンテナンスドッグに固定されているところだった。
「タイミング、ピッタリですね」
「そうだな」
「じゃ、早速行きましょう。早くしないと、降りてきちゃいますから」
 黒曜は頷き、真珠を従えて、<琥珀>の後部シャフトに歩いていった。
「アンバー、開けてください。あ、中には内緒ですよ?」
『はい、瑪瑙から聞いています。どうぞ』
 真珠の言葉にやけに甘い声で応えたのは、 琥珀の制御AI、アンバーだった。
 シュッ、とかすかな摩擦音をたてて、シャフトが開き、真珠はアンバーに礼を言って、黒曜を促した。
「さ、どうぞ。場所はおわかりですか?」
「もちろん。今はいないんだろう?」
「はい。ただ、もうすぐ外に降りてくると思いますから、その間に見つからないように入らないといけませんよ」
「外にいる間、ずっと待ってるのか?」
「いえ、そんなことにはならないと思います。瑪瑙がうまくやってくれれば、外に出てすぐに戻ってくるはずです」
「そうか。まぁ、ずっと待ってても、それはそれで楽しいけどな」
 と、黒曜が意味ありげに笑った。それを受けて、真珠もニコニコ顔で大きく頷いた。
「我慢した方が楽しみも大きいってヤツですね。さすが社長、通ですねぇ」
 セリフだけなら白々しいお世辞と受け取られそうだが、真珠の笑顔と口調は本気で言っているようにしか聞こえない。それでも、普段なら無表情に流されるそんな言葉を、今日の黒曜は、照れながらも素直に受け止めた。
「いや、それほどでも……そうか?」
 そのリアクションを、なんてオイシイんだろうと思いながら、真珠は輝く笑顔で何度も頷いた。
「ええ、本当によくわかってらっしゃる」
「まぁ基本だな」
 額にかかる前髪を掻きあげて、少し自慢げに言う姿は、普段の黒曜を知っている者が見たら、「誰だお前」と言いたくなる代物だった。黒曜の発作を知っている者でさえ、毎月のブロークンデーには、我が目と我が耳を疑いたくなるのが常だ。
「それでは、私は別室で待機していますから」
 黒曜が目的の場所に入ると、真珠はそう言って、通路向かいのキャビンを指差した。
「わかった。後でな」
「はい、バッチリ記録しておきますから。後でご覧いただけますよ」
「楽しみだ」
 笑顔の黒曜に見送られ、真珠は普段使われていない一室に入った。
 そして黒曜が一人残った場所は、 青の個人用キャビン、だった。
 それから間もなく、青が瑪瑙と共に <琥珀>を出て行くのを、真珠はキャビン内にあるモニターで確認した。
 瑪瑙との打ち合わせで、メンテナンスの手続きを済ませたら、すぐに青は自分の部屋に戻ってくることになっていた。 どんな手段を使うのか、瑪瑙はその時は教えてくれなかったが、きっと今回の計画が成功したら、最大漏らさず教えてくれるだろう。
 期待に高鳴る胸を抑え、出入り口を映すモニターを見つめる。
 と、それから五分と経たない内に、シャフトが開き、怒ってるのと泣いてるのの真ん中のような表情の青が、船内に戻ってきた。
(きた……!)
 思わずモニターに身を乗りだす真珠が見守る中、青はまっしぐらに自分のキャビンに向かい、叩きつけるような仕草で開閉パッドに触れた。
 スライドしてドアが開き、勢いよく部屋に飛び込もうとした青の動きが、ピタリと止まった。
「アンバー、キャビン内の映像に切り替えてください!」
『はい、真珠』
 パッと、モニターの映像が青のキャビン内の映像に変わる。
 ドア近くで完璧にフリーズしている青の表情をズームして、その視線を追うようにカメラがパンした。
 そこには、青のユニット式ベッドに肩肘をついて横たわる、黒曜の姿があった。
 黒曜は、猫の着ぐるみを着ていた。
 猫の大きく開けた口から黒曜の顔が覗いていた。
 猫は三毛猫だった。
 立ち竦む青に、黒曜が微笑む。
 一見、聖母のような慈愛に満ちたその微笑みを目にした瞬間、 青はへなへなとその場にへたり込んだ。
 最悪だ……
 声にださずに、唇で呟いたように見えた。
 その様子をつぶさに観察していた真珠は、堪え切れずに笑いだし、笑いながら、
(後で瑪瑙にお礼しなくちゃ)
 と思った。
 初めて会った時から、面白くなりそうだと思った。
 大嫌いな退屈を、きっと感じずにいさせてくれる。
 そう感じた自分の第一印象は正しかったと、この日、真珠は再認識したのだった。



 おしまい

 
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