日光浴
 
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 ひよこのマークでお馴染みの銀河ぴよぴよ運輸、社長秘書の真珠は、第一印象や直感を信じる方だった。
 信じるというか、外れたことがあまりない。
 「銀河ぴよぴよ運輸」という名前を最初に耳にした時も、 試しに受けた入社試験で社長の黒曜に会った時も、 社長面接に来た瑪瑙を見た時も、同じように感じた。うまく言葉にはできないが、 「これだ」 という感覚。
 そんな真珠が青に会ったのは、やっぱり社長面接の会場だったが、一目見て、
(あ、社長が名付けそう。それに、瑪瑙がからかいたがるタイプ)
 だと思った。
 それも見事に的中したとわかってから数ヶ月後、瑪瑙から真珠に一本の映話が入った。
 秘書室の専用ブースで映話にでた真珠に、瑪瑙は開口一番こう尋ねた。
『なにか面白いことはあったか?』
 それは、二人の間では既に「お約束」となっていたセリフで、真珠はにこやかな笑顔で聞き返した。
「いいえ、残念ながら。そちらはなにか面白いこと、ありました?」
 真珠の問いに、瑪瑙は口の端を吊り上げて、ニッ、と笑った。
 なにかあったな、と、瑪瑙のその表情で悟った真珠は、モニターの前で身を乗りだした。
「なにがあったんです?」
 瑪瑙は目を細め、わざとゆっくりした口調で答えた。
『あった、というのとは少し違うね。面白いことになりそうだ、というのが正確かな』
「焦らさないで早く教えてくださいよ」
 真珠は笑顔に、もどかしげな表情を滲ませた。
『社長の発作はもう起きたか?』
「え? それがどうかしたんですか?」
『どうなんだ?』
「いえ、まだです。サイクルを考えると、二、三日中にくると思いますが」
 真珠が答えると、瑪瑙は満足そうに頷き、独り言めかして呟いた。
『それならいけそうだね。うまくタイミングさえ合えば』
「だからなんなんです? もう、早く教えてくださいよ。欲求不満とストレスで禿げたら、どうしてくれるんですか」
『禿げる家系なのか?』
 ちょっと意外そうに聞き返されて、
「いいえ、うちは誰も……」
 と首を振った真珠は、話を逸らされていると気づき、笑いながらもちょっと顔をしかめてみせた。
「ごまかさないでください」
『わかったよ。悪かった』
 瑪瑙は笑って、 実はね、と切りだした。


 それからの二日間は忙しかった。
 様々な手配や連絡や裏工作やらの準備に追われ、本当に忙しかった。
 だが、楽しかった。
 その瞬間のことを想像するだけで、自然に笑みが零れ、やる気が満ちてくるのだ。
 真珠は、やることがない状態、暇な時間、退屈と感じることが苦手だった。暇なくらいなら忙しい方がいい。それが、やがて訪れる楽しみのためなら、もっといい。
 だから、とても楽しかった。
 楽しいままに時は過ぎ、遂にその日がやって来た。
 その日、祈るような想いで社長を待っていた真珠は、心で喝采を叫んだ。
(神様ありがとう……!)
 勤務開始時間ピッタリに社長室にやって来た社長の黒曜は、普段の無表情、無口、無反応な様子がまるで嘘のようだった。
「おはよう! 今日もよろしくっ」
 ハイテンションな挨拶と輝かんばかりの笑顔。
 自らの私室にある、殆どが地味な色合いのスーツの中から、彼なりにがんばって選んできたのだろう。真っ白なスーツに黒いシャツ、赤いネクタイ。胸にはネクタイと同じ赤いチーフ。磨きあげられたピカピカの白い革靴。お前はイタリアンマフィア(イメージです)か……! みたいな配色のスーツに身を包み、長い黒髪をポニーテールに束ねた姿は、およそ普段の姿からは予想もつかないものだった。
 滅多に見れないその笑顔に、わずかに動揺しつつ、真珠は同じくらいの満面の笑みを返した。
「おはようございます、社長」
 冷静な声で挨拶しながらも、心の中では、ミニ真珠が大喜びでグルグル駆け回っていた。ともすると、心の中だけに留まらず、本当に「わーい! わーい!」とか言いながら走り回りたいぐらいだった。
 真珠がこれだけ喜ぶのには、勿論理由がある。
 月に一度、なにかのスイッチが切り替わるように社長の人格が変わる、通称「ブロークンデー」自体を毎月心待ちにしているから、というのもあるが、今回はそれだけじゃなかった。
 二日前、瑪瑙から聞かされた計画、それが実行できる、とわかったからだ。
 真珠は心の中で揉み手をしつつ、何気ない口調で言った。
「そういえば社長? 今日は<琥珀>が本社にメンテナンスのためにやってくるようですよ」
 <琥珀>というのは、青、瑪瑙が乗る会社所有の貨物船の名前だ。制御コンピュータAIの音声がやたらと美声だったため、社長自ら、AIに<アンバー>という名前を、船の登録名に<琥珀>とつけた、異例の船だった。
「<琥珀>が? それは素敵だ! 是非、皆に挨拶しないとな」
「ええ、それに……」
 と、真珠が続けた内容を聞くと、黒曜は、いつもより三割り増しくらい澄んで見える紫の瞳を輝かせた。
 その輝きに少し気圧されながらも、真珠は今回の計画の成功を確信した。
「それでは、社長。こちらにご用意してありますので」
 真珠は、にこやかな笑顔で、社長室と続き部屋になっているクローゼットルームへと黒曜を促した。真珠が社長秘書になってから、一気に収納数を増やしたクローゼットルームには、今日のために用意された、「とっておきの一品」が置いてある。
「わかった。着替えてこよう」
 黒曜は、普段見せない分を取り戻すかのような勢いの笑顔のまま、クローゼットルームに消えた。




 
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