日光浴
 
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 青と瑪瑙のチームに翡翠が配属されてから一週間。
 青は相変わらず、一人で全ての仕事を抱えて忙殺されていた。
 新しい仲間は、第一印象の通り、どこか浮世離れしていて、およそバリバリ仕事をするタイプじゃなかった。それどころか、仕事の時は瑪瑙と同じに、ただ青の後ろをついていくだけで、手出しも口出しもしない。
 それについてなにか文句を言ってみても、まったりとしてクリーミィな口調で、
「そーだねぇ」
 だの、
「そーなの?」
 だの、
 まるで応えてないというか、のーみそに届いてさえいないようだ。
(こいつ……使えねェ)
  青はひそかに、翡翠に、「ビジュアル系天然」の称号を献上した。
  と、そんなものを献上したところでなんの解決にもならないことは、青にもよくわかっていたが、名付けることで多少の慰めを見出せることもある。


 そして、一か月に一度と決められている船の定期点検のため、一番近くにあったガニメデの支社を訪れた時のことだった。
 青達が乗る貨物船「琥珀」を、支社の専用ドッグに格納すると、後は支社の整備員と船のAIアンバーに任せ、三人はそれぞれ点検が終了するまでの時間、ガニメデ内で息抜きをしよう、という話になった。
  瑪瑙は、かるく一杯飲んで来ると、どこかのバーに消えた。
「戻ったら仕事なんだから、飲みすぎんじゃねェぞ」
 どっちが年上で、どっちがチームの責任者だかわからない青の言葉に、瑪瑙は、薄く笑って手を振った。飲みすぎるな、という忠告には応える気はないらしい。
「返事くらいしてけよな!」
 立ち去る瑪瑙の背中にそう声をかけたが、実際のところ、瑪瑙が泥酔してるとことなんて見たことがないし、青はまぁ大丈夫だろうと思っていた。
  そして翡翠は、
「お前、どっか行く当てとかあんのか?」
 という問いかけに、
「うん。行きつけがあるから~」
 珍しく即答して、なんだかごっつい怪しそうな路地裏へと消えた。
  あんな薄暗くて胡散臭い路地に、どんな「行きつけの店」があるのか首を捻りつつ、青は自分もまた、ガニメデに来る度に、時間があれば立ち寄ることにしてる、パーツショップに向かうことにした。
  向かう途中で、青は制服の上着を脱ぎ、下に着ていた黒いTシャツ一枚になった。上着は腰の後ろで巻き、袖と袖を前で結び合わせる。
 会社指定の明るいひよこイエローの制服は、上下揃いで着ていると、かなり目に痛くて恥ずかしい。十八歳以上と決められている、瑪瑙や翡翠と同じ深いミッドナイトブルーの制服を着れるようになれば、制服姿で外をウロつくことも、そんなに恥ずかしく思わなくなるかもしれない。
 だがそれ以前に、
(さっさとこの会社辞めてェ)
  とか思ってるのが、本当のところだった。


 青がよく行くそのパーツショップは、ガニメデのメインストリートにあって、おそらくガニメデで一番大きい。店の名前は「レアマテリアル」という。
 各種パーツは、全てネット上でも購入できるが、趣味の品物はやっぱり自分の目で、手で、触れて確かめたい。
 そんなことを思うのは青だけではないらしく、実際に触れることのできる品物の豊富なその店は、結構繁盛しているらしい。
  機械モノを見るのも触るのも好きな青は、改造するのだって大好きだった。特に乗り物関係なんて、愛してるといってもいい。
 今は、滅多に使う機会はないけれど、常に船に積んである青個人のエアバイクの外装に手を加えているところで、
気に入ったデザインのカウルとフェンダーが欲しかった。
  青に許された時間、二時間と少し、の間ずっと、そのパーツショップであれこれ見比べたり商品説明を聞いたりしていたが、結局、これというものは見つからなかった。多少妥協すれば、まぁ良さそうのもあったけれど、せっかくだから妥協はしたくない。時間はたっぷりあるのだし、仕上がりは完璧な方がいい。
  なんの収穫もなく、そろそろ点検も終わる頃の船に戻る青は、それでも結構気分がよかった。
 欲しいものは見つからなかったけれど、様々な部品をただ眺めて過ごすことも好きだから、このちょっとした息抜きの時間は、青にとって満足のいくものだった。
  そしてこのまま、何事もなく次の仕事に入れればよかったのだが、人生(特に青の)は、そんなに甘くはないようだった。


  青が「琥珀」に戻ると、既に瑪瑙も翡翠も帰ってきていた。アンバーによると、二人共、青が戻ってくるほんの少し前に戻ってきたらしい。
 瑪瑙はどれだけ飲んできたのかわからないが、噂ではかなりイケる口のようだから、まるでシラフに見える。褐色の肌のせいで、多少赤くても目立たないだけなのかもしれないが。
「お帰り、タマ。お前はどこに行ってたんだ?」
 青がブリッジに行くためにメインキャビンを抜けようとすると、そこにいた瑪瑙はそう声をかけてきた。
「だから、タマって言うなよ、お前は」
 せっかくのいい気分が、いきなり萎える。なんだか「お約束」的になってきたセリフの後、それでも青は律儀に瑪瑙の問いに答えた。
「パーツショップ。いつもんとこ」
「それで? なにか目ぼしいものはあったのか?」
「んー……まぁまぁ、なのはあったけどな」
「なにも買ってはこなかったのか」
「買うほどのモンじゃねェって感じかな」
  瑪瑙は、「ふうん」と軽く頷いて、ふと思いついたように言った。
「そういえば、翡翠はなにか買ってきたらしいよ」
「翡翠が?」
  別れる時、翡翠はなんだか怪しげな路地に向かった。その先にある「行きつけの店」とやらでなにか買ってきたのだろうか。
 いかにも胡散臭げなその路地に、青は今まで入ったことがない。そこにどんな店があって、どんなものが売られているのか、なんとなく好奇心を掻き立てられて、青は瑪瑙に尋ねた。
「で、あいつ、なに買ってきたんだって?」
「さぁ? 今から自分のキャビンで取り出すつもりだって言ってたけどね。気になるなら、見せてもらえばどうだ?」
「え、いや、そこまでは……」
 しなくてもいい、と言いかけて、青は思い直した。
「いや、やっぱ見せてもらおうかな」
 それは単なる好奇心だったのか、それともなにかの予感、だったのだろうか。なんとなく、そのままブリッジに行く気になれなくて、青は踵を返し、翡翠の個室に向かった。
  と、なぜか瑪瑙も後からついてきていることに気づき、青は不審げな顔で振り返った。
「なんで、お前もくるんだよ」
「私も少し興味があってね。お前が見に行くというなら、便乗させてもらおうかと」
 そう言って薄く笑う。
「なんだ、お前も気になってたのか」
 自分一人だけじゃないとわかって、青は少しホッしたようだ。翡翠のあの独特のテンポに、一人で立ち向かうのは、実はちょっと辛い。かと言って、瑪瑙が助けになるのか、というのはかなり疑問だけれど。
 それでも、いないよりはマシ。
 たぶん。




 
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