「当然だろ?」
と、瑪瑙は、今青がなにを思っているのか承知の上で、目を細めて笑った。
「けど、ここには持ってきてないんだよ」
「持ってきてない?」
「そう。船に置いてきてあるんだ。ちょっと大きくてね」
どうやら、青には内緒のサプライズパーティだから、持ってきたらバレてしまうと思ったらしい。それに、瑪瑙のプレゼント自体は、この話を聞くずっと前から用意していて、翡翠のように、ポケットに忍ばせるサイズにはできなかったようだった。
「それ、どうしても貰わなきゃダメか?」
「なんて失礼なこと言うんだい、このバカっ」
できることなら遠慮したい。どうせロクなもんじゃないし。
青の願いは、ラスターの怒鳴り声で脆くも砕け散った。
「ちょっと、言ってみただけだ」
そう言って、青は不貞腐れたように口を尖らせた。
たとえラスターに叱られなかったとしても、瑪瑙が自分をおちょくる機会を放棄するとは思えない。
そう、瑪瑙の用意したプレゼントなるものが、自分をおちょくるためのものだということには、相当な自信がある。寧ろ、絶対と言いきってもいいくらいだ。
その確信のせいで、パーティのご馳走をたいらげている間も、久しぶりの家族との会話の間も、青は胸の奥に、黒いしこりのような不安を抱え続けたのだった。
「いいかい、月に一度は映話してくること。年に一回は顔を見せに戻ってくること。それを忘れるんじゃないよ!?」
帰り際、ラスターに釘を刺された青は、不承不承頷いた。
「わかったって」
「もし忘れたら、あたしが直接、首根っこひっつかまえに行くからね」
それは怖い。かなり怖い。
青は慌てて、何度も首を縦に振った。
「わかった。わかったってば」
それならよし、とラスターは頷き、その傍らから、パッドが顔だして言った。
「忘れないでね、シグ。あたし、待ってるから」
「大丈夫、忘れねェよ」
青は、少し泣きだしそうなパッドの髪を、くしゃくしゃっと撫でて、安心させるように笑いかけた。
「じゃあね、元気でやんなさいよ」
ラスターは両手を腰にあて、励ますような笑顔を見せ、ソートは腰を屈め、至近距離からわざとらしい真顔で言った。
「父さんの悠々自適な隠居生活は、お前にかかってるんだからな。しっかりな」
「その髪型、もっと棘が伸びてたら笑うなぁ」
「あたし達からのプレゼント、できあがったら見せなさいね」
四女のセルラと長女アーランがほぼ同時に言い、三女のカプラと次女のマージも続けざまに言った。
「棘って、それ、笑える。なんか、そういう生き物みたいだよね」
「映話じゃなくて、直接見せにきなよ。久しぶりに相手してやるからさ。ま、あたしには敵わないだろうけど」
そんな、家族それぞれの別れの言葉を受けて、青は瑪瑙と翡翠とポケットの一匹を伴い、船へと戻っていった。
船についてすぐに、瑪瑙は青に、
「取ってくるから、メインキャビンで待ってろ」
と言い置いて、自分の個室に消えた。
青は、瑪瑙に言われたとおり、メインキャビンで瑪瑙を待った。
家族からのプレゼントは、小脇にしっかりと抱え、翡翠とえみちからのプレゼントは、右のポケットにしまってある。翡翠とえみちは、お茶を淹れ、のんびりとソファでくつろいでいる。瑪瑙からのプレゼントを待つ間の一休みといったところだろうか。
(疲れることなんざ、なんもしちゃいねェくせに)
横目でちょっと睨みつけたが、翡翠とえみちは、一人と一匹の世界にはまり込んでいて、まるで気づく素振りもない。
本当は、逃げだしてしまいたかった。
だが、そうすると、今だけよくても、後で何倍も恐ろしい目に合わされるに違いない、と思ったから、逃げることもできなかった。ラスターにチクられて、怒鳴りつけられるのも嫌だ。
青は今も、ハッキリと覚えていた。
昨年、まだ翡翠はおらず、二人でチームを組んでいた頃だ。
やっぱり青の誕生日がきて、瑪瑙にプレゼントがある、と言われた時、青は素直に喜んで、しかもちょっと感激した。
だが、瑪瑙から手渡されたのは、黒い庇のある、深緑の野球帽。
「こんなん、かぶれるかっ」
と、怒る青に、瑪瑙は少し悲しそうな顔で、
「気に入らないのか? 色が嫌だったか?」
なんて聞いたものだ。
それから、やり場のない想いを抱えて、自室に駆け戻った青は、今も深いトラウマとなっている、あるモノを見るのだが……
(ダメだ、ダメだっ!)
青は慌てて、それ以上の記憶を頭から振り払った。
と、瑪瑙が笑顔で現れ、
「待たせたね。ちゃんと包んでなくて悪いけど、誕生日おめでとう」
白い布のようなものを差しだした。ソファに座ったまま、瑪瑙とえみちも「おめでとー」「にゅー」と声を揃える。
不安と不審の塊になりながらも、青はおずおずと手を伸ばし、それを受け取った。
「なんだ、これ?」
見た目通り、手触りも、少し硬い布のようで、幾つかの襞が均一に縦に走っていた。
「去年は悪いことしたからね。ほら、これなら大丈夫かと思って」
と、瑪瑙が青の手から一度それを取り戻し、ポン、と広げてみせた。
「な!」
それは、縦長の、所謂シェフ帽だった。
これなら大丈夫、というのは、縦長のこの帽子なら、青のたてた髪もそのまま入る、という意味に違いない。
「サイズはどうかな? ほら、かぶってみなよ」
「……ふ……」
「なんだ? どうかしたのか?」
少しの間、俯いて肩を震わせたかと思うと、青は瑪瑙の手から帽子をひったくり、思いっきり床に叩きつけた。
「ふざけんなっ! かぶれるか、こんなもん!」
「ひどいな、せっかく探してきたのに。今度はなにが気に入らなかったんだ?」
「気に入るとかそーゆー……お前、わかってやってんだろっ」
ギロ、と睨みつける。瑪瑙はかすかに笑って、空々しく眉根を寄せた。
「わかってるってなにが? これもダメだったなんて残念だよ。せっかくお前に似合う帽子をプレゼントしようと思ったのにな」
「せー、ひどいよぉ。せっかく、めのーがプレゼントしてくれたのに」
泣きだしそうな顔で、翡翠がやんわりと青をたしなめる。青は、少し八つ当たり気味に翡翠を怒鳴りつけた。
「せっかくって、あのなァ。こんなん、思いっきり嫌がらせじゃねェか!」
それから、再び瑪瑙を睨めあげて言った。
「大体、なんで帽子にばっかこだわんだよ。俺は帽子なんかかぶらねェぞ」
「そうか? きっと似合うと思ったんだけどな。大体お前、本当は金髪で髪もおろしてたんだろ。だったらこの際、髪をおろして帽子かぶればいいじゃないか」
「う、うるせェな。そんなの俺の勝手だろ。俺はこの髪型が気に入ってんだから、ほっとけよ」
思わず、隠していた事実を指摘され、青に動揺が走る。これを言われたくなかったから、瑪瑙を実家に連れて行きたくなかったのに。
どんな髪型にしようと自分の勝手なはず。
なのに、青は瑪瑙の目を見ることができなかった。そんな青の顔をわざとらしく覗きこみ、瑪瑙は更に追求する。
「会社に入るって決まってから髪を染めて、髪型も変えて。社会人デビューでもしたかったのか?」
「うるせェっ!」
久しぶりに帰った我が家は、家をでた時より少しだけ優しくて、家族からの贈り物は本当に嬉しかった。
だが、そのせいで瑪瑙に新しいネタを握られることになってしまった。そう思うと、やっぱりなにがなんでも帰るんじゃなかった、と、青は深く長いため息をついた。
「ダメだよ、せー。ため息つくと、幸せが逃げちゃうんだよぉ」
翡翠にまったりとたしなめられ、青のため息は更に長くなるのだった。
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