灰色のビルの屋上から人類に裁きの剣を振り下ろす、
機械天使は赤い髪をしていた。
血のように赤い、長い髪をしていた。
鋼鉄の体は、ギラギラと光を放ち、白金の翼は、冷たい鉤爪のようだった。
その顔は、黒い穴のような双眸を除き、白いセラミックの仮面で覆われている。
細く優美な鋼鉄の右手には、両刃の剣。
天を貫くように振りかざす時、彼の剣は光り輝く。
わずかにノイズ混じりの声で、
コレハ救イ
彼ラヲ救ウノハ、
ソウスルコトニヨッテ、
少シデモアノ方ニ近ヅクタメ
と言う彼は、狂っているのだろうか。
狂っている世界を救うのだと言う彼は、狂っているのだろうか。
そして自分は、今日もまた機械天使を殺す、いや破壊するために、銃を構える。
四車線の広い通りを隔てて、機械天使のいるビルと同じ高さのビルの屋上に立っていた。
通りには、走っている車はない。ガードレールや前方の車両に衝突して、潰れて煙を吐きだしている車が十数台放置されているだけだ。
人通りも、最早完全に絶えていた。この地域に機械天使が現われ、輝く光でビルを切り崩し、瓦礫とガラスの破片を振り撒きはじめた直後には、かなりのパニック状態だったが、今はもう、廃墟の街のように静かだ。時折、思いだしたように、機械天使の光の剣で崩れたビルが轟音と煙を巻きあげるが、それすらも、遠い映像の世界の光景のような感覚だった。
手にしているのは、銃身の長いスナイパーライフル。
通りの向こうのビルで、今まさに機械天使が光の剣を振りおろさんとしている。
照準を覗きこむ。
十字の中心に機械天使の姿を捉えた時、また、いつもの邪魔が入った。
(またこいつか!)
いつもいつも、肝心なところで邪魔をする。
仮面の男。
目と鼻の上半分を覆うオレンジ色の仮面をつけた男が、忽然と照準内に現れ、機械天使の姿を隠す。そしていつもその隙に、機械天使の姿を見失ってしまうのだ。
そのまま引き金を引いて、二度と邪魔をさせないようにしようかとも思うが、それでは単なる人殺しだ。自分は決してだだの人殺しにはならない。あの狂った機械を止めたいだけだ。
だが、こうも毎回邪魔をされては、たまったものではない。機械天使を止めるのが遅れれば遅れた分、犠牲が広がるだけだ。
「安心しろ。これで最後だ」
ふいに、すぐ隣で声がした。
ハッとして振り返ったそこに、仮面の男。
目の前に銃口。
反射的に引き金を引いた。
チリリ、と大気を焼いて、間近を行過ぎた銃弾に、機械天使が顔を向ける。
なぜか、遠すぎて見えないはずの、機械天使の白目のない漆黒の眼が、自分を映しているのが見えた。
その真っ黒な眼に映るスナイパーライフルを構えた自分は、オレンジ色の仮面をつけていた。
(そうか、あれは自分自身の姿だったのか)
ぼんやりと悟った後の、唐突な静寂。
耳鳴りのするほどの静けさの中、立ち尽くす自分が、たった一人なのに気づいた。機械天使の姿も、かき消すように消えていた。
黄昏が、西の空に滲んでいた。
夜は、もうすぐそこだった。
この世界の夜は、いつか明けるのだろうか。
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